生き物の声が聞こえる男

 俺の名前は布裸戸阿仁丸(ぷらとあにまる)。どこにでも居る平凡なサラリーマン。今日も日曜日にも関わらず出勤させられる典型的なブラック企業の社畜だ。そんな平凡だった俺に突然思わぬ超能力が身に付いた。道路の道端に咲いているタンポポに目が止まった俺は思わずタンポポに愚痴をこぼした。「タンポポさん、お前はいいよな。働かずにその辺に咲いて生きていればいいんだから」「ママー、あのおじちゃん、タンポポなんかと話してるよ~!」「しっ! あんなの見ちゃいけません」自転車に乗った親子に見られた俺は思わず赤面してその場から立ち去ろうとした。「失礼な奴だなぁ、自分から声かけといて立ち去るなんて」「誰だ」僕は幼い可愛らしい声に反応して思わず大声を上げてしまった。「下をごらんなさい、貴方が話しかけてきたタンポポですよ」僕はタンポポの方に目をやった。するとタンポポに人間の顔が付いてて僕に喋りかけてきた。目玉が飛び出そうになるぐらい驚愕した僕はスマートフォンを取り出して撮影し始めた。「きゃっ! 止めてよ恥ずかしい。レディに許可も取らずに撮影するだなんて失礼にも程があるわ」「すいません…」何やってるんだ、俺。タンポポなんかになんで謝ってるんだろう…。「それと写真を撮っても無駄よ。貴方以外に私の顔は見えないし私の声も聞こえない」「はぁ…」「貴方はこの世界で唯一動物や植物の声と顔が見える能力を身に付けたのよ」「はぁ…え!? それってつまり俺がドリトル先生になったって事?」「そうよ」俺はタンポポの声に耳を疑った。まさか映画や漫画みたいな超能力を何の特技も能力もない平凡なサラリーマンが身につけるなんておかしい話だ。「なんで俺が選ばれたの?」「そうね…宝くじみたいなものよ。たまたま貴方に運命の矢が刺さっただけ。特別な理由なんてないわ。神様も気まぐれで時にはギャンブルをしたくなる時もあるのよ」「じゃあ、俺は環境保護運動だとか動物愛護だとかそういう社会的貢献しなくてもいい訳?」「そうね、そういうこと」「キャッホー」俺ははしゃぎまくった。ようやく社畜生活を辞める事が出来る。この能力を使えば、テレビ番組や映画に引っ張りダコだ。「あ、でもその能力を使って金儲けなんてしない方がいいわよ」「え? なんで」「今時、動物や植物の気持ちや声が分かるタレントなんて珍しくないもん。それに超能力なんてオカルト扱いされててまともに取り扱ってくれるマスコミなんてないわよ」「へぇ、君詳しいね」「そりゃ、そうよ。私は元売れっ子アイドルだったんだもん」「え?」僕は思わず耳を疑った。その辺の道端に咲いているタンポポが元売れっ子アイドル? 一体どういうカラクリなんだと思った。「驚いてるわね。いいわ、教えてあげる。私は前世では人間だったの。でも、前世で自殺したからタンポポに転生しちゃったの。驚くことはないわ。どんな人間でも輪廻転生を繰り返して動植物へ生まれ変わる。ルーレットと同じ。人間になる時もあれば動植物もなる。いくら信心深くて善人だろうが、動植物に生まれ変わる確率の方が限りなく高いわ。だって、あの世は理不尽で無慈悲なんですもん」「へぇ…神様も結構適当なんだね」「そりゃ、そうよ。神様が不完全なんだから、この世界が不完全なのは当たり前。神様が完全ならこの世界もあの世も完璧のはずだわ」「へぇ、最もなご意見で」僕はタンポポの説得力に思わず感心していた。しかし、タレントが無理なら小説家でもなった方が向いてるのかもしれないな。ネタには事欠かんし。「ついでに言っておくと、小説家や漫画家も止めといた方がいいわ」このタンポポは読心力でもあるのか。僕はタンポポの先読みに鳥肌が立った。「だって、生き物の声が聞こえる主人公の話なんて腐るほど小説や漫画、映画で取り上げられてるんですもの。二番煎じだとかパクリだって2ちゃんねるやニコニコ動画のゆとり共に馬鹿にされるだけだわ」「2、2ちゃんねるなんて知ってるの…君、若いんだね」「だって、私が死んだのは3年前の事だし」「へ、へぇ…」「現にこのお話だって、作者が『ドラえもん』のタンポポとのび太が会話する話をパクってるって話じゃない」「そんなメタ発言したら、雰囲気台無しだよ!」よく喋るタンポポだ…その上、デリカシーまでない。
「ね、ここまで教えてあげたんだから…家の庭に植え替えてよ」「全く! 図々しいタンポポだなぁ」「だってここに居たら、私、いつも臭い犬の小便かけられるのよ。それにアホなクソガキに自転車で踏まれるんだから」「生憎だけど、一軒家じゃないから庭はないよ」「貴方って、貧乏人なのね」「しょうがないだろ! ここは東京だ! どこに20代のリーマンが一軒家を建てられる予算があるっていうんだ! それに今の時代は不景気で日本はただでさえ狭いんだから! 埼玉、千葉、神奈川…東京近辺で一軒家なんて買えないよ!」「だったら、その能力で儲けてさ、立派な一軒家を建ててよ」「無茶言うな! 君が僕のアイディアを全部否定したじゃないか」「だって、あまりにも平凡過ぎるんですもん…大衆はもっと斬新さを求めるものよ。それにもっと説得力を持った話でないと」「じゃあ、君が考えろよ! バカ!」「バ、馬鹿とは何よ! デブでアホで日曜まで会社に出かける社畜が!」「社畜だと! よくも言ったな! このおたんこなすが!」「キー! もう許せない」タンポポと口喧嘩してると一匹の雀が電線に止まって何か言いだした。「ヒューヒュー! 痴話喧嘩ですか、お熱いカップルですねぇ!」「カップルじゃない」僕とタンポポはハモって大声で怒鳴った。雀の顔は鉢巻を巻いた50代ぐらいの中年のおっさんだった。「それよりさぁ、あんたいいの? 電車に乗り遅れちゃうわよ」「あ、いけね! もうこんな時間か…」「とにかく仕事終わったら私を助けに来なさいよー!」

 駅に行くまでの道中は人の声のやかましさよりも動植物の声がやかましかった。殆どが人間に対する恨み、つらみ、憎しみ、怒り…人間に対する不満ばかりだった。だが、俺は思わず心の中で怒鳴った。(お前らも元人間だろ!)と。因果応報とでも言うのだろうか…面白かったのは商店街の服屋に飾られている狐の襟巻の声だった。狐の襟巻の前世は元密猟者だったらしい。魚屋で売られている大量のイワシは漁師仲間や漁師の一家だった。大体、売り物とされる動植物の前世はそれを売るのを生業としていた業者だった。まさに因果応報と言う奴で実に滑稽だった。全世界の人間が来世で自分達も自分達が殺した動植物に生まれ変わるという事実を知れば、無駄な動植物の殺戮を止めるようになるんじゃないだろうか…。俺はそれを全世界の人間にメッセージとして伝えたかった。だが、今は21世紀。20世紀ではまだオカルトという物が少なからず信じられていた。だが、現在はIT技術の発達と科学技術の発展、度重なる不況と増加する自殺と孤独死、無職の増加で人々は完全に物理的物証しか信じようとしない性格になってしまった。目に見えない存在やこの世に実在しないものは一切を否定し、信じようとしなくなったのだ。動植物たちは人間に声が聞こえないせいか本音をぶちまけていた。とにかく聞いていると思わず衝動自殺したくなるような騒音ぶりと人間を殺したくてたまらない恨みと憎しみの声ばかりだった。昔、読んだ小説だと動植物の声が聞こえるようになった男は動植物の悲痛の叫びを聞き過ぎて自殺したというオチだった。だが、俺はそうはならない自信があった。何故ならその小説と違う点があったからだ。動植物達も元人間だったという事実だ。人間が人間に不満をぶつけているだけに過ぎない。そう思う事で俺の心はどうもおかしくはならなかった。ただ、やかましい騒音のような声はどうにかしてほしかった。

 会社の帰り、上司と共に接待した料亭は最悪だった。出てきたシラスが活け造りだったのだ。活け造りにされたシラスの悲鳴を聞いた俺は吐き気を催した。それを見た接待相手は激怒して商談は破棄されてしまった。上司に怒鳴られた俺はしぶしぶと帰宅していった。帰宅途中であの例のタンポポがボロボロになってしおれていた。
「…助けてぇ…助けてぇ…お願い…助けてぇ…」
俺はタンポポの声を耳にせずにまっすぐ帰ろうとした。ところが…。

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