幼児退行(短編小説、R-18、The Infant Involution:Crazy Adalt Guy)

幼児退行(短編小説、R-18)

 

投稿日 2013年4月20日投稿者: freedomdestinytrust999

 

 

僕はしがないニート。大学を卒業したにも関わらず、定職にも就かず職業訓練や資格の勉強もせずただブラブラと家の中で遊んでいる。大学を卒業してから1年が過ぎようとしていた。父の残してくれた遺産で生活には困る事がなく母も僕の事には触れず優しく見守るだけだった。働く気はあった。就職活動も学生時代に行った。だが、インターネットの不安と恐怖を煽る情報に困惑し人付き合いも下手だった僕は一次面接にすら通れなかった。インターネットが煽る情報とは「ブラック企業」の事だ。リーマンショックで未曾有の大不況となり企業も政府も余裕がなくなっていた。この国は若者に構ってくれる余裕さえもなくなっていた。僕は毎日毎日あっという間に時間が経っていくことに苛立ち、そして恐怖した。伸び続ける髪と髭、そして爪…そう、時間が経てば経つほど人は老化していく。さらに、何もしない人間は時間の経過と共に劣化するのだ。僕は声の出し方さえも忘れ始めていた。僕にはもはや時間のゆとりさえも許されていない。何故なら企業は新卒や一度働いた経験のある第二新卒しか雇ってくれないからだ。だが、僕にはやる気が起こらなかった。誰でも入学できるFラン大学を出て、何の実用的な資格が全くなかった。それどころかサークル活動やバイト経験もなく友達と呼べる人物も誰一人居なかった。特技は人類の絶滅を妄想する事と絵を描く事ぐらいだった。文系だった僕に与えられた選択肢は営業職か販売職程度しかなかった。だが、ブラック企業の代名詞である職種で、人付き合いが嫌いで労働の拘束時間が長い職業を毛嫌いした僕には食指が動かなかった。僕の心のゆりかごとなってくれたのは押入れの中の布団だけだった。昔、ある漫画で「押入れの男」なんて話があった。押入れの中に居る男が職業である漫画を描き続けていたが次第に外の世界が恋しくなり外を出ようとしたら、干からびて廃人になるって話だ。僕は読書も嫌いだった。いつも漫画やゲーム、プラモデル、インターネット、ジグソーパズル、テレビなんかをやって時間を潰す事が趣味になっていた。明治時代の文豪、夏目漱石は自身の小説内で官僚や役人、教師や大学教授などの職に就く人が仕事中に読書などをしている人々の事を皮肉にして高等遊民なんて呼んだ。現代に当てはめたら、窓際族、僕らの世代で言えば社内ニートって奴だ。だが、彼等は労働を怠けてはいても金銭は得ている。ニートは労働もせずに家に居るだけだから金銭も得られない。表面上では社内ニートや窓際族の方が勝ち組だ。明治時代の頃から怠け者が居た事を暗示していたにも関わらず、現代では怠け者の存在が明らかになっている。同じ怠け者でも社会やマスコミはニートばかりを批難する。僕はその矛盾に無性に腹を立てていた。同じ怠け者でも批難されるべきは金銭を貰っているにも関わらず働いていない寝てばかりいる国会議員や窓際族の会社員、読書ばかりしている官僚や学校教師などではないのか。僕はそういった不満を心の中に溜め続けた。キリスト教の教えではキリスト教を信仰する人は皆平等だと言う。文明開化で日本の身分制度も改められて四民平等が掲げられた。だが、職業による平等・不平等は変わらない。年間休日が120日未満にも関わらず年間休日120日以上の会社のお給料に負ける場合があったり早い時期から働いているのに高卒の方が大卒より給料が少なかったりする。業種によっては条件が良い業種と悪い業種がある。しかも、良い業種ほど新卒しか取得しない場合もある。学歴や大学のレベルでフィルターをかけて大学名を聞いた時点でお断りする会社まである。そして、21世紀にも関わらず女は事務職・男は営業職というステレオタイプのイメージをまだ抱いてる馬鹿な腐った企業も腐るほどある。そういう風に考えていくと僕は余計に働く気が失せていた。そして、社会に対する復讐心と世界の滅亡を切望した。

 

 

 

僕は将来、漫画家になりたいなんていう夢もあった。聞いた話だと、とある漫画家もかなりの口下手で人付き合いが下手で大人の趣味を持たない純粋な人だったと聞く。製菓工場をわずか半日で退職した彼は漫画を描き続け、それから社会人だった親友を無理やり引っ張りだして漫画家のコンビを結成したという。手塚治虫が漫画家という職業を一般に広めたから良かったものの彼も時代を誤っていて漫画活動が失敗していたら、俺と同じニートだった訳だ。そういえば、太宰治も芥川龍之介も定職を持つ事がなく文学に打ち込んでたなんて話を聞く。三島由紀夫なんかはせっかくのエリートコースを投げ出してまで文学活動に身を投じたという。就職することが当たり前だった時代で、作家や漫画家を目指して成功した偉人達は度胸も行動力も半端無いと思った。逆に僕達、若い世代は今の時代の方がチャンスなのかもしれない。

 

 

 

今の時代は就職することが難しい時代だ。それどころか今の日本で働く事自体が息苦しくなり始めている。現代はサービス残業と呼ばれるものが非正規社員にも合法化されて、外国の移民も導入された時代だった。日本政府はインターネット上でブラック企業と呼ばれる企業に人員不足を理由にして助成金を譲渡していたりした。非正規社員はノルマを課せられてノルマを達成できなければその店の商品を無理やり買わされたり減給させられていた。サービス残業が合法化されて、移民が導入されると、日本人の20代の平均年収は100万台になっていた。ニートの数は減少するどころか増える一方だった。しかし、それでも日本企業と日本政府の労働環境の改善の動きは全く見えなかった。

 

 

 

元々、漫画家や作家を目指してた若い奴はわざと就職活動を失敗してそれを目指すのも悪くないんじゃないかと思っていた。今時の親は核家族世代のせいか非常に甘い。そして、今の時代はインターネットなんて便利な物があり創作のジャンルも多種多様になったから素人でも成功する確率が先人の時代よりも高いと思った。ライトノベルなんていう漫画絵を付けた小説がいい例だろう。素人のライトノベルはすぐにアニメ化されてヒットする。だが、寿命が短くて息が続かないので作家人生として一発屋で終わる者も多かった。だけど、僕は違う。何故かそんな不思議な自信があった。ニートになってからは睡眠時間は12時間を越えるようになっていた。オーストラリアのコアラもビックリなぐらいだ。二度寝して夕方の3時から活動するのが日常の恒例となっていた。僕は押入れという名のゆりかごに溶けるように眠り付いた。まるで布団と同化するような心地よさだ。眠るとふと過去の記憶を夢にして映し出す事が多くなっていた。昔は漫画やゲームなどの非日常の世界を夢として見ていたが最近は子供の頃の夢ばかり見る。

 

「この空白期間は?」

「アルバイトをしてました」

「具体的には、何だね?」

僕の目の前には二人の面接官が居た。二人は僕の履歴書を乱雑に机にばら撒いて、もう一人はくたびれた眼鏡のフレームを弄りながら、履歴書の経歴部分を念入りに赤ペンで厳しい音を立てながらチェックしていた。二人の態度は高圧的で机の下にある足は真っ直ぐに伸ばされていて、椅子にもたれている状態だった。僕は冷や汗をかきながら、どもりながら、必死になって小声で問答に応えていた。

「期間工員や警備員のバイトです」

「ふーん、つまり、正社員じゃない訳だ」

痩せ細った髪の薄い面接官が細い目で僕を凝視した。彼は鼻くそをほじりながら、両足をバツの字に掛けて机の上に乗せた。

「は、はい…」

「友達は?」

「…居ません。みんな居なくなりました。一人は期間工の時に世話になったおじさんが居たけど、会社の期間契約が切れて農薬を飲んで自殺したし、彼女は介護職のストレスでリストカットして精神が崩壊したし、友達は市役所勤務だったけど、車の中でインターネットで知り合った人達と練炭の集団自殺をしたし……」

「そこまで聞いてないよ!! ウチの商品をちゃんと買って頂ける人数を把握したいの! あんた、アスぺなのか! 人様の質問にはちゃんと答えなよ!」

「す、すいません」

痩せ細った髪の薄い社員は目を細めて唾を飛ばしながら僕を怒鳴った。僕は涙目になりながら、平謝りし続けるしか出来なかった。そして、彼は続けざまに質問を続けた。

 

「良い大学まで出させて貰って、親に申し訳ないとか社会や日本政府に失礼だと思わない訳?」

「へ?」

僕は面接官の思わぬ一言に心臓を鋭い氷柱で串刺しにされた気分になった。突然心臓を抑え込んで、呼吸が乱れてきた。

「大体ねぇ……正社員にも接客業のバイトにも就いた事のない奴が営業や販売や事務職に就けると思ったの? あんた」

その言葉につられて、肥満体質の白髪の強面の親父が続いた。

「良い大学や大卒がステータスの時代じゃないからね。勿論、専門資格もだが。肥満体質、顔もだらしない、言葉遣いや声の音量調整、服装管理も出来ないクズな奴をお客様の前に出せると思っているのか? 身の程を弁えろ、糞ニートが」

「ニートじゃありません」

僕は大きな籠った声を張り上げて、必死に抗った。

「似たようなもんだろうが! 新卒でブラック企業だろうが、零細企業にでも正社員になろうとしなかった奴はニートもフリーターも似たようなもんだよ」

「断じて違います」

「今は違っても、将来的にはそうなるよ。あんたのような、アスぺでコミュ障みたいな奴が正社員に成れるはずがない。第一、何が特技なんだね?」

「それは……履歴書にも書かせて頂きました、TOEICとか簿記とか…」

「あのねぇ! そういうのはねぇ! 新卒の子が大企業の面接で威張れるものなんだよ! 大体、君みたいなボンクラな男が事務職に就けると思ってるのかね! 取次先とのコンタクトや営業に対するスケジュール管理の実務経験とか弥生会計ソフトとか使える、アルのかね!」

「……」

僕は不自由な日本語を喋るように切り替わった男に大声で怒鳴られる内に鼻をすすりながら、涙を流すようになっていた。それを見た面接官はまるで汚い物を見るかのように目を背けて二人で顔を見合わせてしかめっ面を見せた。すると、肥満体質の親父が語り掛けてきた。

「君は腐った缶詰を無理やりお客様に買わせるのかね?」

 

「は? …それはどういう意味なのですか?」

 

「…もう帰ってよろしい」

 

僕は夢の中で中途採用の就職活動を思い出していた。とある商事会社の一次面接。僕は面接官に言われたままドアを開け帰っていった。悔しいとか腹が立つという気分よりは何故か安心感を覚えていた。落ちる事が当たり前になっていて逆に安心感を覚えていた。僕は心の底からは働きたくなかった。大学時代、実家が裕福だったので本当はアルバイト経験さえもなかった僕は不採用になる事に実は喜びを感じていた。

 

「比喩表現さえも分からんのか。やはりFランクの大学のゆとり世代は戦力にならんな!」

 

「仰る通りです。圧迫面接にも耐えられないメンタル力もないのなら、次からはこの大学をはねましょう」

 

「君に一任する。我々も暇じゃないからな」

 

 

 

壁が薄かったのか廊下が響き易かったのか、二人の面接官の会話は僕の鼓膜にまで届いた。僕は会社を飛び出してネクタイを乱しながら息が切れるまで走り続けた。僕は家に帰って泣きながら「畜生、チクショウ…」とうわ言を言っていた。いつも見る夢は暗い夢ばかりだった。人生で挫折した夢ばかりと言っていい。両親の夫婦喧嘩、いじめられる夢、就職活動の失敗、人類が起こしてきた歴史の闇…戦争、著名人の暗殺、動物の絶滅、殺人事件、学校の教師や大学教授に怒られる夢…僕が見る夢はいつも悪夢だった。だが、寝る事だけが一番心が安らいだ。視力が悪いので目がぎこちない時も忘れられるし醜く太っていたから腰痛も背中の痛みも忘れられた。起きると身体がだるいけど、寝る事で身体のしんどさを忘れる事は出来た。嫌な就職活動の夢を見終えると、次は不思議な夢を見た。オレンジっぽい水の中でふわふわと浮かんでいる夢だった。水の中なのに呼吸が不思議と出来ていた。僕は手足を胸に近付けて丸まっている姿勢を取っていた。今までの夢の中で一番安らぐ夢だった。だが、その夢を見始めてからの僕の人生は180度変わる事になる事をその時は知らなかったのだ。

 

 

 

目が覚めると不思議と外へ出たくなっていた。だが、その前に日課になっていた事があった。働いてた時に貯めた金で買ったデジタルオーディオプレイヤーのFMラジオを付けて、タブレットPCで動画共有サイトを見ながら、ノートパソコンで電子掲示板を見てテレビを付けた。たまたまテレビではニートやフリーター特集をニュース番組でしていた。コメンテーターの男は相変わらずニートやフリーターの若者を叩きまくってた。”自己責任””ブラックでもどこでもいいから入れ””自殺しろ”、と。

 

電子掲示板のまとめスレッドも今日は何故かその話題を開いてしまっていた。結果なんて分かりきっている事なのに。テレビはオブラートに包んでニート共を批難してるが、書き込みのコメントは命の尊厳なんてまるで考えていないような発言ばかりだ。「人間は他人を見下す事で自尊心を保つこの世で最低最悪の動物だ」という恩師の言葉がふと頭に思い浮かんだ。人間は有史以来、身分制度を取り入れて、自分の下の層を作る事で心の平安と自分自身の価値を維持しようと努力してきた。だから、有史以来、戦争が起こる事は必然だったし奴隷層や労働者が上に尽くす事も習わしだったのだ。実際、自分より下と判断してからの人間の態度は酷いものが多い。2ちゃんねるの連中もテレビのコメンテーターの連中も境遇や経歴は違えど、本質は同じなのだ。結局、人間は人をバカにすることでしか、生きられないのだ。底辺が居なければ、彼等は安心して眠る事も叶わない。だから、彼等は人を見下げる事で自分の価値の再確認をしようとする。テレビや掲示板の意見に同調する連中も同類だろう。ぶっちゃっけ、僕からすれば彼等の方が死ぬべき存在なのだ。

 

 

 

旧帝の大学を卒業した恩師は個人塾の家庭教師だった。彼も世捨て人として、企業や官公庁で勤める事を辞めた。芸術や文学活動に没頭して、農業で生計を立てて、金銭が欲しければ蓄積されてきた知識と卓越した論理感で子供を指導していた。彼もある意味では高等遊民だった。そんな彼も、突然自殺した。遺言の言葉は「未来が見えたから、死ぬ」という意味不明な言葉だった。自殺方法は至ってシンプルだ。農薬を飲んでムカデのように、のたうち回って死んだらしい。解剖医の話だ。首を両手で抑えながら泡を噴いていたらしい。首の血管に先生の伸びきった爪が突き刺さっていたそうだ。先生は独り身だったから、数週間後に発見された。遺体は黒紫色に変色して、ミイラ化していて、蛆や蠅、蟻、蛇が先生の死体を蝕んでいた状態だったようだ。発見された時、先生は全裸だった為か生殖器と乳首、舌が虫食い状態になってところどころの筋肉が見えていたらしい。昆虫や小動物は柔らかい部位から噛み切る習性があるからだろう。旧帝卒と言っても、学科は哲学科だったから近所からは”頭のおかしい人”の通り名で通っていた。特に彼はルイス・キャロルに憧れて、少女の生徒を取り入れる事にとにかく必死だった。当然、そんな怪しい噂を持つ人物のところへ我が子を出そうという酔狂な親は居なかった。女子生徒が居なかった先生は仕方がなく、男子生徒に内緒で女装させたりもしていたが、その子も身の危険を感じてすぐに引っ越していった。先生は変な人だったけど、僕は先生から様々な無駄な知識を教えてもらった。昔、アメリカのシカゴで殺人ホテルを実行した殺人医者が居たという話、太平洋戦争中に起きたアメリカ兵による日本兵の骨を加工したアクセサリーの話、ロズウェル事件、ペルム紀の話とか、だ。そんな話が学業の役に立つ筈もなく、僕の成績は見る見るうちに落ちていった。先生は生真面目な人で、僕のあまりにも酷い成績を知ってからは悪魔のようなスパルタ教師になった。成績表を見た途端に唐辛子のような顔になって、口から汚い唾とタンを吐き散らしながら罵倒した。優しい人だったけど、スパルタに切り替わってからの先生は鬼のような人だった。僕を丸裸にして、竹刀で何度も僕の体を叩きつけていた。

 

「ひゃっははははははははははははは!!」

 

先生は犬のように舌で口の周りを舐めずり回しながら、頭を指揮者のように振り回しながら、髪の毛を激しく乱していた。眼鏡のレンズは反射していて目が見えない。だが、涙が流れている事が分かった。身体のアザと傷を学校の先生に見られてから、僕は塾へ行くことを禁止された。塾の先生は警察に逮捕された。母さんはそれを気にも止めていなかったから、市の教育委員会や保護者団体は母さんを無理やり精神病院に入院させた。その頃からだ。塾の先生と母さんが近所や市内で変な目で見られるようになったのは。僕が本格的にいじめられるようになったのもこの頃からだった。いじめられる理由は”変な奴”の一言だけだった。

 

僕はこの頃から人間というものが大嫌いになって、社会を強く憎むようになっていた。人間は異分子や少数派の意見なんて虫のようにしか思っていない冷血動物なんだと思うようになった。確かに先生の行動はおかしいけれど、あれは先生の不器用な愛情表現だと思い込んでいた。スパルタに入る前の先生はだって、本当に優しかったから…。その一件以来、先生はすっかり元気をなくして、「人間なんていうのは絶滅すればいいんだ…」が口癖になっていたと聞く。

 

その時の僕には全く理解出来なかったけど、インターネットが生まれて、若者の半数以上が非正規になった今なら、先生の気持ちも強く理解出来るようになってたと思う。

 

 

 

しかし、やっぱり頭のどこかでそれに対する拒否反応はあった。僕は押入れの戸を開けるが、寝過ぎた為に身体がふらついて言う事を聞かなくなっていた。それでも数分したら立てるようになっていた。「ひゃっほー、遊びに行くぞ!」僕は思わず口を抑えてさっきの独り言に恐怖していた。自分が意識して出した言葉じゃなかった。だけど、僕の口から出た言葉であることは間違いなかった。僕は首を傾げながら玄関の扉を開けて公園に向かった。

 

母は「どこか出かけるの?」と聞いてきた。僕は母の問いに無言で出かけていった。

 

「久々ね、あの子が外を出歩くなんて…」聞こえてないのに何故か頭の中に母の言葉が響いてきた。

 

 

 

公園のベンチに座り、おもむろに煙草に火を付けた。このタバコは自分の金で買ったものじゃない。お袋の財布からくすねた金だ。俺は両親の金で散財することが趣味になっていた。親父の遺産を口座に預け、クレジットカード払いで通販サイトで欲しい物を買い漁った。金が少なくなるとお袋の少ないパートの収入を目当てに口座から財布へ加えていた。クズニートの典型と言っていいだろう。読者は笑ってくれても構わん。だが、ニートが両親を殺したニュースの多さを聞くと自分の事が普通に感じるようになっていた。両親を殺すニートのいきさつは両親のクレジットカードや現金でネットショッピングのやり過ぎやネットゲームの有料登録を常時続けていた事を打ち切られたことへの金銭トラブルが多かった。そうさ、ニートの多くはそこそこの富裕層のドラ息子が殆どなのだ。俺も子供の頃は金に不自由しなかった。貧乏を経験していない子供がニートになる確率は高いらしい。昭和時代や20世紀と違い、21世紀は一人でもバーチャルな世界を体験し遊ぶ事が出来る時代だった。21世紀というか、1980年代頃からそうだった。1960年代に手塚治虫が開拓した漫画界がアニメ界と融合し、1970年代から精力的に優れたオリジナルアニメが爆発的にブームを起こして、1980年代頃から電子ゲームが普及して日本のサブカルチャー業界を潤沢な物に変えた。だが、それがいけなかった。バーチャルな世界でも一人で遊ぶ事を知ってしまった子供は外…つまり、現実の世界に興味を持たなくなった。根が明るい少年少女なら漫画やアニメから興味も薄れるだろう。だが、根が暗い友達や彼女が一人も居ない子供はどうだろうか。自信や勇気という言葉を忘れてしまった子供は外の世界でいじめられ、疎外され、落ちこぼれ、唯一ストレスが発散出来る内面の世界、バーチャルな世界へ骨から溶け込んでいく。そういう子供の末路がニートなのだ。貧乏人なら漫画やゲームを買う金自体がない。だが、中途半端に金持ちの家庭で私立中学や高校に行かせるまでの金がない家庭はどうなるか。親の教育が熱心なら更生もされるだろう。だが、夫婦ゲンカが絶えず、子育て放棄な家庭ならば? 親にさえも見放された子供はますます幻想の世界へ引きずり込まれていく。それがニートだ。手塚治虫は生まれた時代が良かったんだと思う。もし、現代に生まれていたら…俺と同じ道を歩んだかもしれない。まぁ、手塚は小学校時代から秀才だったし二人とも家庭は崩壊してなかったからな。ただ、才能が枯渇することはありそうだ。失礼だけど、彼等の漫画の絵柄が現代で果たして受けるだろうか。いや、多分時代遅れで受けないだろう。だが、彼等は話を構成するシナリオ構成は一目置くところがある。今の漫画は同人レベルでも絵が巧いけど、話に捻りがない。例えるなら、味のない料理だ。だが、手塚治虫のような古い漫画家の場合は例えれば見た目は古臭いけど、味が整っている料理…いわば家庭のお袋の味って奴だ。漫画は昔と今でその時代の重点がまるで違うから面白い。俺も一時期、漫画家を目指していた時期があった。だが、中学校時代に描いた漫画をいじめっ子に見られ、クラスで晒し物に晒された結果、落ち込んでやる気と自尊心を失くして絵を描かなくなった。動物やキャラクターの絵には自信があった。ただ、人物絵や風景描写は苦手だった。だから、話に自信があるライトノベル作家を目指して大学時代に大作を描き上げた事もあった。だが、中学校時代のトラウマが蘇って出版社に出す度胸もネットで公開する勇気も腰抜けの俺にはなかった。就職活動に意欲的じゃなかったのも将来の夢に迷った部分もあった。このまま社会の歯車として一生を終えたくはなかった。毎日毎日スーツと言う名の拘束具を身にまとい、朝早くから満員電車に押され踏まれ、会社で上司に叱られ自尊心を失い、部下からは嘲笑され女からは収入の低さでそっぽを向かれる……そんな情けない姿のリーマンしか想像出来なかった。だが、今のこの不況では正社員になることさえも夢のまた夢であった。子供の頃、手に届かなかった将来の夢という光がいつの間にか普通のサラリーマンという肩書にすり替わっていたんだ。こんなみすぼらしい世の中にしたのは誰だ! 俺のせいか? 若者のせいか? いや、違う…何の能力もない癖にぬくぬくと終身雇用という毛布に包まれていた先の世代、社会問題や経済問題をひた隠しにしてきたマスコミ、問題を先送りにしてきた政府の連中が悪いんじゃないのか。ニートになったのは俺のせいじゃない! ニートは悪じゃない! こいつ等が悪でこいつ等のせいなんだ。俺はそういう責任転嫁を頭の中で念じ続けながら親の汗と涙の結晶で出来た煙草を吹かし続けた。新卒というカードを無くした俺に残されている選択権は3つあった。一つは非正規社員となって、大卒の俺よりクズなはずの高卒の正社員共にこき使われ続けて、使い捨てカイロのように熱が出なくなったら会社に捨てられる道。2つ目は手塚治虫のように将来の夢を追いかける道。彼の場合は正社員だったにも関わらず、己の才能とセンスを信じて将来の夢を追いかけた。彼の時代と今の時代を比べると今の時代の方が漫画家や小説家になる道は無限大にあった。今の時代はインターネットという便利なツールがあるから個人でも連載は可能だった。ブログやサイトを巧く利用すれば一人出版社が出来る。ネット発祥の漫画や小説なんて今の時代は腐るほどあるんだ。まして昔ほど教養やスキル、才能なんてもののハードルは下がっているように思えた。よく創作物の話を作る時に読者の目が肥えていて、せっかくのアイディアも既に使われて使い物にならないなんて話を聞く。俺はむしろ逆だと思う。手塚治虫とかの古い漫画家の時代に比べれば、お話のハードルは小説・漫画を問わず下がったと思う。今の時代は記号的なキャラクターが主体となって進める話が多いから商業的には却ってやり易いし作り手にしても作り易い。今時の萌アニメだとかラノベとかがそういう部類だろう。結局のところ、人間って単純で一巡したらまた一巡っていうのが好きなんだろうと思う。手塚とかの時代以前の『のらくろ』にしてもディズニーにしてもキャラクター主体の単純な物語だった。だが、そういうのが大ヒットして商業的には大きく儲かった。今のサブカルチャー業界はアニメの黎明紀に先祖返りしてるのだ。だから、可愛い美少女キャラクターばかりで話がつまらない作品でも受けて大ヒットしてるんだろう。芸術家としてはプライドを損ねるが、単純でキャラクター主体の話の方がスポンサー的には商業的にウハウハで、作者にしても話を作り易いのだ。俺はどちらかと言うと、芸術家タイプよりも商人タイプの漫画家・作家を目指していた。いかにして楽に作品を書き上げて金をガッポリ稼ぐか、だ。漫画家や作家は短命が多い。それは彼等が芸術に拘り過ぎて多忙をきわめた結果だ。一度きりの人生だ。どうせなら大金持ちになったら楽をして暮らしたい。だけど、サラリーマンじゃ60歳を過ぎないと自由になれない。スポーツマンやタレントは俺の性に合っていない。ならば、自らの本音をフィクションにぶちまけられる漫画家・作家が良いに決まってるだろう。勿論、それなりの努力をしなければなる事が出来ないし読者のニーズに応えなければ成功しない職業だ。だけど、今の時代はWebでオナニー全開の小説や漫画でさえも絶賛される。なら、俺にも可能性があるんじゃないかって勘違いするではないか。まぁ、第3者からすれば俺の心境は現実逃避だと思われるだろう。だけど、新卒というカードを失った奴に残されている手段なんて限られてるじゃないか。一度きりの人生だ。崖っぷちならギャンブルしたって構わないだろう。

 

3つ目の選択肢は自殺だ。この小説を読んでる連中の多くはこの俺様に殺意を持ってる奴が殆どだろう。何? メタ発言してる暇があったら、さっさと死ねって? まぁ、慌てるなよ。この小説のタイトル名をよく見ろよ。俺が幼稚な理由は小説のタイトル名で分かるだろう。

 

就職活動に失敗した最近の若者はよく自殺するらしい。まぁ、気持は分かるけどな。でも、どうせなら俺みたいに両親の骨の髄までしゃぶり尽くしてから死ねばいいのに、とも思う。落ちるところまで堕ちてから自殺する。それでも遅くはないだろう。昔は返せない程の借金を作ってから自殺するとかがザラだったけど、今の時代はメンタルが弱い奴が増えたんだなぁと思う。俺みたいにギリギリまで両親に寄生し続け、まぐれがあれば将来の夢に賭けて、それで駄目なら親が死んだ後で親の保険金や年金とか生活保護を騙し取ればいいのに。親なんてもんは殺す為に居るんだからさ。それに日本ってお人好しの国なんだからさ。

 

 

 

そんな事を考えていると俺の足に青いビニールボールが転がって当たってきた。「わー、ごめんなさい! お兄ちゃん、ボール取ってー」無邪気な5、6歳の幼児の笑顔と声に腹が立った俺は思いきりそのボールを蹴飛ばしてガキの顔面にぶつけてやった。ガキは大声でわめき泣き、ガキの側に居たポニーテールのグラマラスな若い母親が俺に怒鳴りつけてきた。見た感じ、俺と似たような年齢に見えたが顔は大人の女そのものだ。俺のタイプだ。俺はぺロリと舌なめずりをして女を凝視して視姦した。水色のダメージジーンズに紫色のセーター、そのシルエットは母親と思えない素晴らしいシルエットだった。女は一瞬俺の気持ち悪い動作を見て身震いを起こすが一瞬、どもって俺を叱り付けた。

 

「この子に謝ってください! 自分のやった事、分かってるでしょ!」

 

「チッ! うっせーな! そのガキが俺の世界を壊したからいけないんだ」

 

「は? 何を訳分かんないこと、言ってるんですか! とにかく謝ってください!」

 

「うるせーんだよ! ババアが!」

 

俺は口に咥えていた煙草を女の顔面に投げ付けて、女にわざとぶつかって女を倒れさせて走り去ろうとした。その時、一瞬だけ空気が変わったように感じた。その時、幼児が俺に言ったんだ。

 

「最期のチャンスだったのに…」、と。

 

 

 

意味がよく分からなかった。頭が真っ白になった俺は警察に追われる事を恐れてとりあえずファミリーレストランに駆け込んだ。

 

「いらっしゃいませー、何名様でしょうか?」

 

「(チッ、見れば分かるだろうが…糞バイトが)」

 

俺は黙って人差し指を突き出して笑顔のウェイトレスに向けてやった。このファミレスはファミレスというよりもメイド喫茶に近かった。巨乳でミニスカートを履いた可愛らしいウェイトレスばかりだった。そして店内にかかる音楽は決まって流行りの深夜帯の萌アニメのOPやED曲だった。このファミレスの店長の趣味だった。俺の中では店長をただの気持ち悪いアニメオタククソデブと勝手に決め付けている。店長の趣味のせいで決まって店内に居る客は遠出してきた気持ち悪いクソオタク共ばかりだった。平日からも何人か怪しい人間が店でくつろいでいた。

 

「(糞ニート共が)」

 

俺は心の中で叫び、ウェイトレスに案内された喫煙席で煙草を吹かした。

 

「ご注文がお決まりでしたら、そのベルでお知らせくださいませ」

 

俺はこくんと頷いてダラダラとメニュー表を見ることにした。

 

「僕、メロンクリームソーダーがいい! お姉ちゃん!」

 

その言葉に自分でもびっくりした。メニュー表に描かれたメロンクリームソーダーを見た途端、俺はまるで幼児のようにむじゃきにウェイトレスを大声で呼んでしまった。自分の意思ではなかった。ウェイトレスは下を向いて必死にこみ上げる笑いを抑えながら「…かしこまりました」と一呼吸置いて俺に返事をした。周りのオタク共もこみ上げる笑いを必死に抑えていた。俺はその光景を見て顔が真っ赤になるのと同時に無性に腹が立ってきた。ウェイトレスがメロンクリームソーダを持ってくるともう一人の俺が再び目覚めた。俺は立ち上がり無意識の内にウェイトレスのミニスカートをめくり上げて押し倒してウェイトレスの巨乳を揉みしごいた。周りのオタク達は目を点にして俺の起こしたアクションに興奮していた。ウェイトレスは泣きながら必死に店長を叫び続けた。帽子を被っていた俺はウェイトレスにクリームソーダ代を投げ付けてその場を後にした。

 

「貴様、ワシの娘に何をするだー」

 

店長らしきハゲ頭のデブが出てきたが俺はところ構わずその場を後にして逃げ去った。俺は逃げる途中のコンビニでゲームのアカウントチャージカード10000円分とマスクとサングラスを購入して必死に走った。途中、公園のベンチに立ち寄り徐にパーカーのポケットからニンテンドー3DSを取り出しプリペイドカードの残高を入力して懐かしいスーパーファミコンのソフトを購入した。俺は日が暮れるまでスーファミをやり続けた。ステージはいつの間にか名曲が流れる茨コースに突入していた。俺は懐かしいゲームをやりながら過去の自分を振り返った。自分でもファミレスの行動は異常だと思った。と言うよりも子供の頃でさえもスカートめくりや乳を揉むなんてやった事もなかった。26歳のニートにして初めての経験だった。小学生の頃の俺は内気な性格で常にいじめられていた。最近の研究によればニートやフリーターに陥る若者はどうもいじめっ子やいじめられっ子が多いらしい。中でもニートになり易いのはいじめられっ子だった。成人式にかつてのいじめっ子と遭遇し、いじめを受けたトラウマがフラッシュバックして二度と外に出る事がなくなったという。いじめられっ子のニートは好きでニートになったんじゃない。外の世界という恐怖を拒絶して自分だけの空間を生み出せる家と言うゆりかごで永遠に眠りたいのだ。俺はそういう気持ちで今まで生きてきたのだ。これからも、死ぬまでも、ずっと……。いじめられっ子の人生を破壊し死ぬまで外の世界を見れなくなったのはいじめっ子から受けたいじめが悪い。そしてそのいじめっ子を生み出したのは学校という社会であり、それを生み出した大人達だ。一部のいじめっ子共はのうのうと社会で生き、都会へ進出して出世していく。世に言う”憎まれっ子、世にはばかる”という奴だ。俺はいじめっ子という存在を恨み、それを作り出した閉鎖的な社会”学校”も学校に行かせた親も教師も、この世の全てを憎むようになった。テレビや都会で働くリーマン共、全ての政治家共はニートや非正規社員を社会のゴミクズだと見下して人間扱いしないが、そういうゴミクズそのものを生み出したのはお前らそのものでゴミクズはお前ら自身だと心の中で思ってきた。2008年に起こった秋葉原通り魔事件は俺にとっては心が晴れた事件だった。不謹慎かもしれないが人間というのはああいう凶悪事件を起こさないと誰も動かないし気にも留めない。あの犯人の起こした行動というものは社会や政府に対するアピール・唯一自分が出来る表現だったのかもしれない。殺された人間にとっては溜まったもんじゃないがいつの世も犠牲は尽き物だ。ああいう行動を起こさない限り、政府もマスコミも社会の根幹にある闇の問題を認識できないだろう。いくらデモを起こしたところで個人の出来る行動は限られている。非正規社員やニートに仲間も味方も居ない。だから、あの犯人はああいう行動に出る事でしか自分の存在をアピールして自分が困っている事を表現できないのだ。無茶な行動で表現する、まるで正義と悪の分別が着かない子供そのものだ。一種の”幼児退行”だと言える。だが、ああいう行動に出ることでしか自身の持ってる不満や苦しみというものは吐露出来ないのだ。一般人に俺達ニートや負け組の気持ちが分かる訳がない。当たり前だ。何故なら、相談する相手が居ない。それを作る事さえも怠ったのだから。だから、彼も孤独だったのだ。孤独でなければああいう愚策に転ずることはなかっただろう。仲間が居れば別の手段で社会に自分の苦しみを表現する事も出来たのだから。人は一人じゃ生きていけない。だから、子供の内から閉鎖的な社会である”学校”という場で特定のグループを作らざるを得ない。だが、その努力を怠った者は孤独に陥り、やがていじめられてはぐれる。これが野生動物の社会ならとっくに死んでいる。だが、人間は生憎コミュニケーション能力が無くても親の支持さえあれば生きる事も出来た。生きる事が苦しいなら死ねばいい。だけど、死ぬことが怖ければそれすら叶わない。だから、魂の抜けた抜け殻のように毎日ダラダラと目的もなく生きるしかないのだ。それがニートなのだ。だが、大勢の社会人も結局はニートと同じだと思う。子供の頃にあった将来の夢という目標も成長の間に挫折して消え失せる。その後は社畜という名のサラリーマンに転じて、成り果てて、政府に税金を骨の髄まで搾り取られ両親の死後までの面倒を見て、出世するかどうかも分からない子供を育て、子供に付随する妻という者も援助して休日は殆どなく金も大して溜まらず、無駄に延命を繰り返して死ぬだけ。真っ当と呼ばれる普通の人の一生も省略すると実に儚くあっけないものだ。人間の一生というものはまるで昆虫の一生のようだ。俺はそういう生き方にも恐怖した。だから、現実から目を背けて逃げることしか出来なかった。結局、俺はニートの生き方もサラリーマンとしての生き方にも納得できなかった。人の生き方というものが両極端過ぎるのだ。ニートである事の自分への焦燥感もあった。だが、サラリーマンとして生きる自分も怖くて想像したくなかった。そして、自殺はもっとも想像したくない行為だった。

 

 

 

美麗なメロディーに耳を澄ませてる間にも残酷にも刻は過ぎていった。この曲を作った人の名曲を堪能する事に夢中でプレイは凡ミスばかりが続いた。将来の夢を叶えた人の人生の充実感というものはどういうものなんだろうか。その疑問は子供の頃から抱いていた謎だった。しかし、この名曲はゲーム音楽にしておくには勿体ないメロディだった。ゲームを販売した会社も惜しい会社と人材を手放したなとつくづく思った。その時に母親によく吐き捨てていた言葉を思い出した。

 

「好きな仕事で飯を食っている連中と嫌々国と会社に無理やり仕事をやらされている連中を一緒にするなよ、クソババァが! 死ね!」という言葉だった。

 

テレビに出てくるスポーツ選手や芸能人の仕事ぶりに見惚れて「あんたももっと頑張ってくれたらいいのにねぇ」という言葉に向けて返答した言葉だった。好きで仕事をしている連中と嫌で仕事をやってる連中の仕事への充実感や満足度は違っていて当たり前だろう。プロのサッカー選手がアマチュアのサッカー選手よりも駄目な仕事をやってりゃ、それはプロの仕事ではないからだ。ブラック企業の社員が満足して働いていたら、ブラック企業なんていう言葉は流行らない。ブラック企業が多過ぎるから、インターネットでその言葉が流行るのだ。母親のその言葉にしょっちゅうキレていた。ニートの癖に。一生懸命一つの事を極めて好きで仕事をしている連中と好きでもない仕事を嫌々やらされてる連中をいっしょくたにされたらどちらもたまったもんじゃないだろう。プロだって、ムカつくだろう。

 

「(バカか、クソババァが。とっとと死ねよ、阿呆が)」と、何度心の中で思ったことか。

 

またプロの連中は時の運や才能で仕事をもらってる分もあるだろう。そりゃあ、努力が物を言うんだろうが、努力だけで失敗した歴史に名を残せなかった偉人も数多く居るし棚からぼた餅みたいな連中も歴史上には数多く居るんだ。例えば飛行機なんかがそうだ。ライト兄弟が有名なのはたまたま飛行実験が一番早く偶然に成功しただけに過ぎない。ライト兄弟よりもずっと前から飛行実験をして飛行機を生み出そうとした連中は多い。巡り合った環境や出会った人達で人生を左右される場合だってある。それが人間という業の深い生き物なんだ。俺の場合は間違いなく失敗した人生だったが。人生なんて言うのは自分で切り拓くもんじゃない。他人との衝突や出会いで生み出される道なんだ。人生の充実度や満足感は個人個人が主観で決めればいい。だが、この腐った世の中には”勝ち組と負け組””弱肉強食”という言葉で他人の人生を嘲笑うクズも多い。だが、実際はそれが人間の本質なんだろう。人間という生き物は自尊心を高める為ならばたとえ親だろうが友であろうが時に冷徹な言葉や行動で表現する事もある。過去の歴史がそれを物語っている。自尊心を高める為に他人(ひと)を傷付けるのが人間なんだ。自分よりもクズの人間が居る事に安堵して自らの生きる立場を明確にしようとする。だから、そういう腐った言葉がまかり通る腐った世の中なんだ。面接官が俺を嘲笑った言葉もそうなんだ。自殺する奴やニートや非正規の連中は性格的に根暗だけど、いい奴が多いんだと思う。負け組というカテゴリを認める事で勝ち組の肩を持ってやってるんだ。あるいは単なる自覚のないバカか。自覚がないバカは生きてないよな。自覚のある奴が自殺するんだと思う。腐った世の中に絶望して。腐った世の中? 果たして全ての人間がそう思っているんだろうか……自分の生活に満足してる奴なら不満がないから腐った世の中なんて思ってないだろう。腐った世の中と思ってる連中は金や幸せがないから、そう思うんだと思う。またサブカルチャーの話になるが、90年代後期にあるアニメが大ヒットして社会現象にまでなった。オタクにしか人気の無かったアニメだったが、今では日本を代表する国民的人気アニメというブランドにまで成長した。もし、バブルが崩壊していない80年代後期ならあのアニメの人気はなかったと思う。理由は簡単だ。多くの日本人がその時は不幸や不満を感じる社会じゃなかったからだ。90年代に入り、バブルが弾け心理学や哲学も発達して日本人のメンタルというものが低下していった。つまり、ああいうアニメが一時的に流行り、その後のサブカルチャー業界に影響を与えたのは当時の社会状況を反映した結果で混沌と不安に染まった社会に生きる人達から共感を得られたからだ。今でもグロや鬱、暴力描写の多いアニメや漫画なんて作品が流行るのは未だに日本社会が不安と恐怖、焦燥感などの不安定な情理に駆られている事の表れなんだろうと自己認識している。実際は他の人間がどう思ってるか分からない。だけど、今の日本の若者はグロテスクな作品や残酷な物語、滅びの美学の方が好きなようだ。やはり、それは自身の心理状態を表した物なのではなかろうか。

 

 

 

公園のベンチでゲームをしていると、腰の曲がったミイラのように干からびた老人達がゲートボールをやり始めた。俺はその光景を一瞥して眉を潜めた。今の若者が披露困憊している元凶の一つが老人だからだ。俺が子供の頃に生きていた老人達は戦争体験者だったから文句は何一つなかった。ただ、高齢化社会で戦争後の平和から生まれた世代には情の一つも与える余裕がなかった。むしろ殺意ばかりが込み上げてきた。日本の若者は一体何の為に生まれてきたんだろう、と自問自答し始めていた。彼等の為の肥料なのか、そういう心の葛藤の最中に乾ききったた声が近付いてきた。

 

「お兄さーん、すまんのぅ。悪いがベンチを譲ってくれんか」

 

「は?」

 

「いやな、足腰の悪い者が多くてのぉ、少しだけ譲って頂きたいのじゃ」

 

「……暇人の癖に、いい身分だな」

 

俺がそういう皮肉をほざいてベンチから去ろうとすると、老人達の小言が俺の耳に聞こえてきた。若者を批判する年寄りの口癖はいつもこうだ。「(年寄りなんていっその事、皆殺しにすればいいのに)」と、思った。年寄りだけじゃない。仕事の出来なくなった役立たずはこの世に必要がないのだ。いっそ消してしまった方がこの世の中は楽になるだろうに。年寄りだけじゃない。俺のような捻くれた若者も、頭の悪い奴も、世の中の役に立たない連中はゴミとして皆殺しにすればいいんだよ。そうすれば世界はもっと綺麗になる。だけど、この国は犯罪者であろうと死刑にさせるまでたっぷりと時間を与える。日本という国が慈悲の感情を持つようになったのはいつだろうか。戦争に負けてから、だろうか。それまでのこの国は命というものは尊いものではなく、単価だったはずだ。命をもっと削らないから、人の数は減らずに全員の幸福度の平均値も下がるのだ。ホントにクソ甘くて平和ボケした国だと思う。いっそ、隣の国とドンパチでもやりゃあいいのにと思うぐらいだ。お互いのゴミ掃除が出来て丁度いいだろう。そんな危険思想を考えていると腐ったミイラの声が聞こえた。いや、ミイラなんてもんは元々腐っているか。昔、SF小説で読んだ気がする。地球の資源が尽きたので社会的生産が出来なくなった人間を肥料や石油にしてしまう倫理的に問題のある長編小説だ。最終的にそのシステムを思い付いた政治家や科学者も老人になってから自らもエネルギーに還元されてしまうという因果応報的なオチだった。

 

 

 

「全く近頃の若者は…」

 

「一体どういう教育を受けたら、あんな子が育つんじゃ」とかありきたりの小言だった。

 

 

 

俺はその言葉に反応して、「くたばれ! クソ爺共」と大声で怒鳴りつけて全力疾走で駆け抜けていった。また悪い逃げ癖が再発した。あの時と同じだ。

 

 

 

実は大学を卒業してからしばらくして近所の工場で働いた経験があった。嫌な工場だった。3K、底辺職…しかも非正規雇用の契約社員。世間一般が言う通りの絵に描いたような史上最低の職業だった。昔のように正社員が工程ラインに入って作業する事はない。女はデスクワークをして、男はライン現場の見回りと監視、雑用といった単純な仕事だ。例え高卒でアホだったとしても、工場の正社員がラインに入って流れ作業をすることは絶対になかった。下請けの派遣会社に全てをまくってるからだ。田舎の工場でライン作業をするようなのは都心部でリストラされた心身共に疲れ切ったくたびれた年寄りやおっさんか気が荒くて休み癖の多い外人ぐらいだった。オイラのように大卒でライン作業をするような若者は、例えFランでも居なかった。派遣や契約社員という非正規雇用の面接は形だけだった。応募さえすれば、例えどんな知的障害者であろうと引きこもりであろうと、ヤクザ、性的犯罪者、薬物中毒者であろうとも誰でも彼でも入社させるようないい加減な下請け会社だった。女の人生はイージーモードで、男の人生はハードモードなんていうネットで流行った言葉はその通りだと思った。実際、この国の自殺率は男が7割で女が3割程度だ。それも女の場合は事件に巻き込まれて、のケースが多い。例えるなら太宰治の無理心中のように男に引っ張られて死ぬケースだ。寿命だってそうだ。女は平均寿命90歳ぐらいだけど、男は80歳ぐらいまでしか生きれない。ストレスの差異や肉体的疲労の度合いが男の方が大きいのだ。社会的負担も女より男の方が重い。男女平等なんて社会は謳ってるけど、実際は違う。今の世の中は女尊男卑と言えよう。子供が生まれた程度で会社を休めて、結婚した程度で会社を辞めれる。実に女にとっては楽な社会だと思う。国際的には日本の女の就業率だとか平等率だとかは批難されている。でも、それでもこの国は動かない。自殺者数が年間3万人だと言っても、実際はWHOによれば変死や行方不明を含めれば10万を超えると言われている。世界的な自殺率は1位がロシアで2位が韓国で3位が日本だ。「美しい国、日本」なんてよくもそんな恥ずかしいことが言えたもんだとつくづく思う。この国は臭いものには蓋をして誤魔化してるだけじゃないか。だから、非正規雇用がまかり通るのだ。それを選択した奴も居るだろうが、バブルのように正社員よりも年収が高い訳じゃないから好き好んで働いてる奴は少ない。

 

俺が入った会社はゴミのような奴しか居ない会社だった。正社員の方が人間性が上とは言えないが、面接で誰でも彼でも通して居るから必然的に人間的なクズばかり集まる。そういうクズ共の趣味が何かと言うと、ゲームやパチンコ、女遊び、酒に煙草、車の改造にギャンブル、カラオケと相場が決まってる。もし、銀行員だとか学校の教師なら休日は絵画鑑賞だとか読書だとか創作とか旅行とか、人前ではそういう高尚な趣味にしているんだろうな、と思う。子供の頃の教育や環境が趣味や人間性に影響してるんだろうなって思う。職業差別は良くない事だけど、それだけ嫌な思いをしてきたから吐きたい事が腐るほどあった。とにかく変な奴が多過ぎた。日が変わるまで働き続けて腰も肩も砕けた。それでも出荷に間に合わず、正社員・ラインリーダー含めてボロクソに批難されて男なのに、泣く事もあった。今の若者が無職であることを許せない奴が居るなら、自分の職を譲ればいいと思う。なんで嫌な仕事に就いてまで働かされなきゃならないのか。職は選ばなければ腐るほどあるなんてほざく奴も居るが、誰かがゴミみたいな糞みたいな仕事を我慢して就いてやってるから社会は回る。就職を強要する奴は自分は楽な職に就いてるから、そういう事が言えるんだと思う。誰かが楽な仕事をするって事は誰かが苦しい思いをしてしんどい仕事をしなきゃならないって事だ。無職であることも不幸だが、ブラック企業に就職する事は幸福なのか? 働くこと自体が義務であるとしても、我慢してまで働く事がその人の人生にとって幸福なんだろうか。その真理を突き詰めた奴が最終的には自殺か無職を選ぶんだと思う。賢い事だけが楽な仕事に就けるステータスではない。今の時代は大卒でさえも無職でありふれている。でも、無職であることを焦って非正規にでもなれば、それもそれで地獄だ。若いから、優秀だから、って事で無理矢理ラインリーダーにされてボロ雑巾のように何年も使われて、辞めたくても辞められず、ライン内で問題があったって人事は見て見ぬ振りをする現実しか待っていない。出世なんか望めない。田舎ほど天下りやコネで成り立ってる地域もない。ウチの工場も例外じゃなかった。多分、大手企業や公務員がそうなら、中小企業も一族で回してるんだろうなって思う。そういう現実を見てきたから、働くのが嫌になって無職になる奴だって居る。実際、働いて嫌な事だらけだった。部下は池沼か外人か病人か年寄りぐらいしか集まらない。それで生産率を向上させろと言われても無理な相談だ。リフトマンも短気持ちが多かった。

 

日本人は働くためだけに生きているんだろうか。

 

 

 

 

 

 

 

工場でストレスが溜まっていた頃、偶然にも野良猫を車で轢き殺した。「ゴリゴリゴリ・・・・・バキッ!」と嫌な濁音が車内に鳴り響いた。でも、それが脳に刺激を与えて段々心地良くなって心の安らぎさえも感じた。その後、僕は廃車置場で野良猫をかき集めて壊れた廃車を修理して麻酔で眠らせた野良猫達を仰向けにして川の字に寝かせて猫の轢き殺しを楽しんだ。全身骨折しても安らかに眠る猫達をバラバラに切り刻んで工場から奪ってきた硫酸が溜まったドラム缶にぶち込んだ。「ジュウゥゥゥゥゥ……!」心地良いメロディが腐っていた僕の心を安定させていった。痩せ細っていた野良猫達は殆ど骨と皮だけだった。だから、ドラム缶に漬かる時間は短くて済んだ。肉と皮の溶けた骨だけになった猫達に小便と大便を撒き散らして近くの野良犬達に与えてやった。痩せ細った野良犬達は嬉しそうに僕の顔を眺めながら尻尾を振って骨にしゃぶり付くが、翌日になると犬達もみんな死んでいた。骨はミキサーで粉々に砕いて池の魚に与えてやった。野良猫と野良犬の毛皮はインターネットオークションで売り捌いた。あとはさっきの行為を繰り返すだけだ。こういう奇行を録画して動画投稿の共有サイトに投稿しようかとも考えたが、僕の逮捕が早まるだけだから止めておいた。動物愛護法やらに引っ掛かりたくない。だが、この奇行を投稿してパソコンの前に座り込んでいる猫オタク共とその飼い猫を唖然とさせる風景を想像すると興奮が果てしなく止まらなくなるのだ。

 

趣味と言うべき趣味はなかったが、唯一心を落ち着かせたのは動物のなぶり殺しだけだった。でも、苦しませて死なせてやったのは子供の頃だけだった。太っている…その欝憤を晴らす為にミニ四駆にザリガニを縛り付けて爆竹で爆散させたり、蛇を生きたまま皮を剥いだり、昆虫の羽と足を全てもぎ取って池の鯉に投げ込んでやったりした。たまに爆竹も投げつけてやったから鯉が間違えて食べて身体を爆散させていた。

 

「クハハハハハ・・・・・!」

 

子供の頃と同じように生き物を甚振って笑い続けた。笑い続けて腹がよじれて地面で笑い転げた。犬に保存剤を食わせたこともあった。犬は白目を向けて泡を噴きながら舌を地面に垂らしていた。たまに同じような惨殺方法に飽きて、疑似キャトルシュミティレーションなんて言うのもやってみた。未確認地球外生命体チュパカブラが起こしたと言われる家畜の変死体の事だ。眼をスプーンでくり抜いてレーザーで舌と生殖器を切り取ってピンバイスで穴を開けて地面に倒しておけば数時間で血液が全て身体から抜け落ちる。誰でも出来る簡単なトリックだ。

 

動物の惨殺は眩んでいた僕の心に光を当てていた。唯一心が解放される瞬間だからだ。死んでいった動物達には僕にストレスやいじめをしてきた連中の名前を割り当てた。中には会った事もない政治家や芸能人の名前も割り当てた。いっそ、動物じゃなくて人間を殺せればいいのに…と思う事もあった。実際に夢の中でムカつく人間を手当たり次第に殺す事もあった。爽快だった。痛快過ぎて布団の中で失禁を催す事もあった。

 

 

 

話が変わるが、もし日本の経済状況が回復したとしても僕ちゃんには日本人がかつてのバブル時代のような幸せを手にする事はないと思っている。理由は実にシンプルだ。日本の人口は減りつつあるが、100年前の明治時代と比較して世界人口は約3倍以上になった。現在の世界人口は70億以上だ。そして、生産を産み出さない老人を養い続ける限りは日本の若者は永遠に幸せになることはない。この前、ラジオでやってたが、800億円もの支出を貧困国に援助するなんて馬鹿げたニュースがやってた。世界の貧乏人に救いの手を差し伸べる事は出来ても国民を養う事が出来ない愚かな国なのだ、この国は。国際社会という檻に閉じ込められた現状では致し方ないことだが、自国の自殺者を毎年10万人以上も排出している癖に恩も義理もない貧困国を救う意味は現在あるのだろうか。いや、ないだろう。焼畑農業をする国の人に種を与えたらしいが、彼等は撒いて耕す事が理解出来ず、種を食糧として食い尽くしたらしい。教育や技術がもし理解されて発展途上国が先進国と化してもそれは日本を含む先進国全てが自分で自分の首を絞める結果になる。彼等に技術や知識を吸い取られる結果になるからだ。物の価値というものが万人に分かってしまうと物の価値が高騰して、それをひき替える金銭の価値もインフレ化して世界的な不況に陥る。たとえば、滅茶苦茶美味しいコーヒーがあったとして、それを全ての人が価値が分かってしまうとそのコーヒーの量は減り、値段が高騰して全ての人に行き渡らなくなり、いずれは全ての人が飲めなくなる。いくら経済が活性化しても、地球という名の星には限られた資源と土地がある。いくら賢い人間が増えても、人間の数が増え過ぎると地球という揺り籠は全ての人を養い切れず枯渇化してしまう。だから、貧困層と富裕層のラインというものは明確に引いて、腐らせる者は腐らせて、焼く者は焼く必要があるのだ。人口の削減と地球以外の星での資源獲得、資源を人工的に生み出す術。SF的な話だがそれを手に入れていない人類が貧しい者を救い、金と資源を分け与える事は自らそのものも貧しくなるリスクを得ることを自覚した方が本当は良いのだ。だから、物を生産出来なくなった年寄りは皆殺しにして、貧しい者はのたれ死にさせて、能力の低い者やない者、無知者、いわゆる無職は肥料変換機のような機械にぶち込んで合法的に殺した方が人間の数も減らせられて、整理できて地球も住みよい星になるのだ。人間の数と人間の社会を管理・コントロールできるスーパーコンピューター的な物があればこの国際社会は本当に賢い者だけが幸せになれる社会になるはずなのだ。だが、今の国際社会の先進国の政治家や大企業の社長や役人共は自らの面子の為に短い地球の寿命を更に縮めているのだ。人間の数が増えれば増えるほど地球の資源と土地が削られ、地球の寿命も短くなる。短期的なスパンで見れば、発展途上国を先進国化させる事は自らのマーケットを拡大・発展させられるチャンスかもしれないが、長期的なスパンで見れば地球という星の寿命を縮め、全て万民の幸福度を下げているだけに過ぎないのだ。1つのケーキを6人で分ければ1/6の量が得られるが、それを増えた10人で分けると1/10という少ない量しか割り当てられない。人間の数が増えれば増えるほど、賢い者の数が増えれば増えるほど地球というケーキから割り当てられる恩恵は実に少なく、味気ないものとなってしまうのだ。だが、愚民共はそれが良いことだと信じ、政治家や著名人は自らの面子やプライド、名誉の為に惜しみなく金を支出する。人間の数が増え過ぎて、賢い者だらけになった社会で我々は枯渇した地球でどうやって生きていくのだろうか。宇宙開発も進行していないその社会で。もし、そういうスーパーコンピューターが生み出されなければ、人類は定期的に疫病や戦争、天変地異で人口の数を減らしていかなければならない。天敵の居なくなった人間の数を減らすにはそれしか方法がないのだ。だが、疫病は発展し過ぎた医療技術、天変地異は優れた科学技術による予測とシェルターなどで容易に防げてしまう。そうなってしまうと、人類の数を意図的に大量に削るには戦争が有効で有用なのだ。戦争を誘発させる環境で、破滅的な指導者が戦争を定期的に発生させて化学兵器で人間の数を大量殺戮するしかこの星の寿命を延ばす手段はないのだ。まずは先進国の医療技術を後退させて本来は死ぬべきはずの者を殺す必要がある。医療技術の発展も人口を増やす原因の一つなのだ。日本は医師不足と言われるが本来はいい結果だと思う。人間の数は削る必要がある。それだけ、人の数が増え過ぎた。だから無能な奴は死んだ方がいいのだ、僕を含めて。一番手っ取り早いのは戦争を引き起こす独裁者を立ち上げるのがいいだろう。

 

 

 

 

 

自分自身の将来が危うい癖に僕は2ちゃんねるやツイッターに掲載すると袋叩きに遭いそうな馬鹿な妄想、独り善がりなエゴイズムを空想してはこの星の未来を予想していた。起こるはずのない第三次世界大戦の想像をしていては陰部を勃起させて「クハハハハハ……」と不気味な笑いをこぼしていた。すると母親が階段の壁をドンドンと叩いて僕に「うるさい」と啓蒙した。

 

「チッ、うるせぇクソババァだ…」

 

ニートの癖に恩知らずな私は注意してきた母親に殺意が込みあがってきた。そして、アニメのマスコットキャラクターのぬいぐるみを引っ張り出してベッドの下にある血糊たっぷりの包丁でぬいぐるみの腹部を何度も刺した。中から飛び出てくるのは綿ではなかった。本物の腸(ワタ)だった。俺は大量殺戮してきた小動物や猫の内臓を自室の冷蔵庫に保存していた。ぬいぐるみを魔改造して本物の動物に見立てて殺してきた動物達の腸や内臓をえぐり出してそれをぬいぐるみの中に押し込んでいた。血生臭さとそれに寄ってくるハエやゴキブリなどの体臭で部屋は臭かったが消臭剤や香水でその臭いをかき消そうとした。でも、そういう行為を繰り返す度に部屋の匂いはこの世のものとは思えない異臭を放つようになっていた。ぼくちゃんはその臭いが堪らず、陰部を勃起させては何度も興奮してオナニーする習慣が付いていた。もはや人を殺す勇気も度胸もあった。あとは犯行を隠す為の準備と見つかった時の幼子(おさなご)の演技の練習だけだった。そういえば、親父は行方不明になったと大学を中退してから母親に聞かされた。その時は警察も動いていたけど、父親の身元は分からないままだった。父の妹、僕から見たおばさんはその日から狂うようになった。僕の顔を見る度に「人殺し」と呼ぶようになった。おばさんは父から寵愛を受けた女性でもあって、未だに結婚してなかった。父さんはそんな妹が目障りで死ぬまで顔を合わせることはなかった。おばさんの異常なまでの父への愛は親戚中の間にも知れ渡っていておばさんは何度も精神病院への入退院を繰り返していた。おばさんも昔は普通の人だったらしい。いつからかおばさんは父の事が大好きになり、母の事が大嫌いだった。父が結婚する時でも一歩間違えると殺人事件になり兼ねない出来事があったらしい。母もおばさんの事は大嫌いなようでおばさんが僕を批難していた時はおばさんの事は無視するように忠告していた。だが、僕が実家に戻り母に大学を中退してから母の方も僕に対する態度と言動が豹変するようになった。当たり前かもしれない。大学を中退しても職を探すことはなかったのだから。だが、母の鬱憤はそれだけじゃなかった。どうも僕が家を出てから父は浮気するようになって愛人の元に出入りするようになったらしい。それも母のストレスの原因だったのかもしれない。だから、僕はこの男にも殺意は沸いていた。だが、父が失踪したのは依然として謎のままだ。警察沙汰になったが、警察も時間が経つと探すのを止める様になった。ただ、僕には父が消えてからこの数カ月の間の記憶はなかった。いや、時折記憶がなくなることは度々あった。自分の部屋に今まで興味のなかったものが置かれたりすることがあり、金遣いが荒くなっていた。知らない間にソニーのウォークマンやタブレットパソコン、自作のデスクトップパソコンなどのデジタル製品が無造作に僕の部屋に置かれていた。趣味も無趣味だったのに、いつの間にかゲームや音楽、プラモデル、釣りなどを楽しむようになっていた。新しい趣味を持ったことで友達が増えることはなかった。そもそも僕に友達など居ないのだから。……記憶がないことを母に相談することも検討した。だが、母に「働け」と言われるのが嫌だった僕はいつの間にか最後に喋れる人まで失っていた。記憶がなくなる時は前兆があった。頭が痛くなる事だ。激しい頭痛がする時は数時間から数日の記憶がなくなっていた。まるで幼児、赤子の時のように記憶はなかった。”赤子”で思い出したが、ベッドの上に哺乳瓶やオムツが置かれていたことを思い出した。誰が使ってるのか最初は理解出来なかったが、僕以外にこの部屋は誰も使っていないのだから、おそらく僕だろう。多分、自分の中に何人もの自分が居ることは薄々分かっていた。多分、動物を殺してきたことも父が失踪したのも僕が原因なんだろう。でも、僕には複数の自分を抑え込む力はなかった。精神病院に行く勇気もなかった。無職の中退の癖に人の世話になるのが嫌だった。何より精神病院は嫌なイメージしか沸かなかった。ただ、動物をいくつも殺してきて、父が失踪したのに何故警察が動かないのか、それだけが不思議だった。まるでこの世界は現実世界じゃないような気分だった。何をしても許される世界。それは何故なのだろうか。

 

 

 

・・・・・・・・・

 

・・・・・・・・・

 

・・・・・・・・・

 

 

 

「先生、この精子は危険分子ですね」

 

「そうだな。高井さんには悪いが、この精子は排除してまた別の精子を子宮の中に入れようか」

 

「その方がいいですよ。こいつは社会的に居たら駄目な犯罪者ですよ」

 

二人の医者の会話を聞きながら、僕は卵巣の中から出るはずのない涙を流していた。医療技術とIT技術が発展したこの未来世界では子宮の中から精子を取り出して精子が受精して生まれる子の人生をシミュレーションして、その子の人生が社会的に悪影響がないかどうか判断する作業が行われていた。このスーパーコンピューターのシミュレーション結果でシミュレーション通りの人生を歩む人の確率は99.999%という高い確率だったので政府からの信用も高かった。社会的に悪影響のありそうな危険精子や遺伝子は排除されるのが宿命になっていた。悪人が生まれると周囲にまで悪影響を及ぼす恐れがあるので犯罪や政変を起こす確率のある精子や遺伝子は親の許可を得ることはなく、政府の許可を得て排除する決まりになってるらしい。だから、僕が殺してきた動物の事件でも父が失踪した事件でも警察や保護組織が動くことはなかったのだ。社会的に必要じゃない存在は年寄りや生産性を産まない社会的弱者じゃなかった。本当に必要じゃない存在は僕みたいな犯罪を高い確率で起こす精子だったのだ。

 

 

 

「・・・それにマザーも言っている」

 

二人の医者の背後には全ての人類の生の価値があるかどうかを判断するマザーコンピューターのデバイスが置かれていた。人口爆発、食糧危機、災害の事前予測による避難、医療技術に伴う高齢化社会の発展で21世紀は人口の過渡期を迎えていた。国際連合は世界戦争や紛争を完全に排除する規定を設けたが、それが結果的に仇となり、世界の人口はもはや120億人を越えていた。そこで、世界政府はスーパーコンピューターを投入して一人一人の人類に生の価値があるかどうかをコンピューターに判断してもらい、平民層の社会を監視・管理する役目を与えた。そのスーパーコンピューターをマザーと呼んだ。マザーはいつの間にか上流層社会の政治・経済政策にも介入して人類社会そのものに対して介入するようになってしまっていた。マザーが判断したIQの低い者や身体機能が劣っている者は老若男女を問わずに容赦なく抹殺されていた。抹殺の意味は人類には分からない。

 

完全自殺マニュアル 単行本 – 1993/7/1


男が働かない、いいじゃないか! (講談社+α新書) 新書 – 2016/3/18


ひきこもりはなぜ「治る」のか?―精神分析的アプローチ (ちくま文庫) 文庫 – 2012/10


進め!! 東大ブラック企業探偵団 単行本(ソフトカバー) – 2016/2/24
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