児童販売機

僕は今日も日課になっているハローワークの求人検索を済ませて公園のベンチで一服をしていた。谷川という先輩を待つ約束もあった。

僕は1年以上も正社員として就職出来ない自分に腹立たしさを感じていたが、それ以上に世間や社会を妬み、恨んで憎み続けていた。

21世紀が訪れて150年以上の月日が流れていた。インターネット上で噂されていた2045年の技術的特異点は実現しており、既存の仕事や職業の淘汰も進行していた。

まず、IT革命の進行とグローバル化の拡大によって文系士業やデスクワークの仕事が次々に淘汰されていった。具体的には弁護士や税理士のような士業、事務経理職や総務人事職のような仕事だ。消えたというよりは椅子の数が減らされたといっていいだろう。社会的需要が減ったので、供給として必要になる仕事も数が減った。

これが21世紀最初の出来事だった。インターネットと情報化社会は人々に娯楽や趣味の多様性と情報の取捨選別の形式を与えたが、それが却って人間の仕事を奪い、社会のニーズも支払うお金以上に高いサービスと商品を求めるようになっていった。

その傾向は既に日本の工業製品が世界を座巻する1990年代からあったのかもしれない。

しかし、本格的に「楽な仕事」「専門職・高等職」「高給・多年休・好待遇」の条件に当てはまる仕事を奪ったのは21世紀初頭のインターネットとソフトウェアの科学技術、拡大化するグローバル経済であったと、僕は確信しているのだ。

日本の第二次産業の工場や製造業が海外に脱走して、文系士業の仕事とデスクワークの仕事が減った結果、「第三次産業」や「サービス業」の細分化と拡大化が始まり、それがブラック企業の温床にもなった。

その結果、「精神疾患や知的障碍者」が増加して「非正規雇用」が41%に達し、自殺やニート、生活保護などは過去最多を記録するようにもなっていった。

ネット上の一部の理数系が主張するように日本政府は「理系偏重教育」に傾倒して正社員として就職出来る第二次産業にだけ力を注いだ。

しかし、その結果に倫理観や人の生命を蔑ろにする法律や条例が生まれ、安楽死施設や児童販売機などが誕生する遠因に繋がった。

だいぶ端折っているかもしれないが、僕らの世界は理数系の教育だけに集中したエンジニアや技術者、科学者が政治家や法律家になる世界だった。その傾向はアメリカやヨーロッパのような先進国もそうだった。

合理的な視点で見るのなら、安楽死施設や児童販売機、無職掃討令なども利点に合致しているのかもしれない。

しかし、この世界ほど人権団体や宗教が恋しいと思う世界はない。行き過ぎた科学技術も行き過ぎた宗教の世界観の世界も結果としては弱者の人命などは蟻や昆虫と同様の存在に近かった。

安楽死施設や児童販売機を具体的に命令したのは「技術的特異点」に到達したマザーコンピューター達だったが、彼等は自己の利益の為に命令を下さなかった。

あくまでも地球と人類の存続・延命を目的に開発された人工知能なので、『ターミネーター』のような世界や『2001年宇宙の旅』のような利己的な人工知能ではない。

あくまでも僕達人類の未来や地球を永久に存続・繁栄させる為に出した結論に過ぎない。

石油や電力エネルギー、レアメタルなどの素材やエネルギーは増産されていくロボット達に必要だったので、人減らしをして無駄な人間一人頭にかかるコストを削減する必要があった。

その為には人間をすり潰して油を確保したり、食糧を調達する必要もあった。

現在の人類の総人口は150億人。人間の死体でさえも無駄なく使い切る必要があるほど地球は痩せ細っていた。

この世界ではどこかのSF小説のように軌道エレベーターやスペースコロニーを建造させる技術力はなかった。

総人口数は21世紀中に150億人に突破した理由はコンピューターや人工知能が「技術的特異点」に到達したからだ。18世紀の産業革命で従来の人口が8倍に膨れ上がったのと同じように、21世紀の「技術的特異点」では約2.5倍に人口爆発した。

「技術的特異点」は21世紀における産業革命と同じだった。コンピューターや人工知能が人類以上の知能を手に入れたので、医療と薬における産業分野が急成長していった。労働の殆どが高等職を中心に週3日~週4日程度に減ったので、消費量が爆発的に増加した。

ただ、僕達底辺層の労働はロボットや機械に使われるような単純作業の歯車と同じような仕事だったので、僕達の生活はますます貧しくなっていった。

新興国で成金の経営者が増えるので、出産量も増加する。たちまちに世界は予定の人口数よりも数十億人多い人口を抱える事になった。

楽で豊かな暮らしを目指していたつもりのはずが、「技術的特異点」で労働量が減って贅沢や消費に力を注いで地球や貧困層が痩せ衰えるのは皮肉な話だった。

技術的特異点の恩恵は長くは続かなかった。地球という箱庭には資源と土地が有限であったし、宇宙開発についても宇宙遊泳する程度が限界のレベルだったので、宇宙から資源調達するのも困難な時代になっていた。

ロボットの一部には石油や樹脂が使われているので、油の調達の為には自然の油以外にも調達する必要があった。

世界はそんな調子だったが、日本では次々に仕事の減少・淘汰と人民が貧困化する傾向が続いていた。

IT革命以後に正社員の求人が減少して、しんどくて苦しい非正規求人の雇用しかなかったので、「少子高齢化」と「若者の貧困拡大」と「国内の消費力低下」「消費税や税金の値上げ」で日本の人口数は当初の予定よりも数千万人少ない状況に陥っていた。

「少子高齢化」と「若者の貧困化が拡大」した為に「芸術・創作・エンタメ・文化にまつわる産業」は一気に絶滅していった。

それらの産業が過去の遺産に甘えて、「新規IP」を作り出せなかった事と世界の輸出に向けてローカライズが巧く行かなかった事もあった。

漫画家や作家、芸術家や創作者はパトロンというスポンサーを付けて、ネット上で細々に活躍するしかなかった。英語が喋れる漫画家や作家は優遇されたが、英語の喋れない作家や漫画家は面白い作品を作っても誰からも支持されなかった。

ゲーム企業やテレビ局、出版社、玩具会社なども次々に倒産していった。世界にも売れている企業はアメリカやヨーロッパに本社を移し、日本の企業としては脱退していた。

インターネットの産業も依存していた漫画やアニメなどが消えてしまったので、海外の漫画や海外のアニメを垂れ流しする動画サイトや課金サイトしか存在しなくなった。

英語の喋れる者はインターネットを趣味として利用し続けているが、そうでない者は外でブラブラするしか能がなかった。

しかし、ホームレスや住所不定の無職は「ニート狩り」と称される牛追いのような形で狩られてしまうので、外でフラフラする訳にも行かなかった。

僕も今日は土仕事で汚れた農家の老婆に「お前、無職か?」と尋ねられてドキッとした。身分証明書と住所を提示し、説明してハローワークへ行く事を言うと、老婆は「そうか」と言って肩にかついでいるナタを背中の籠にしまい込んだ。

この世界では無職やホームレスの命は牛や豚と同じだった。死体から取れる脂と骨と髪と臓器は貴重な資源になるので、飢えている住人はみんながイライラしながら、目をギラギラさせながら、体力的に弱い無職を探す為に徘徊していた。

彼等も定期的な仕事がないので、そういう仕事も兼ねながら金銭を稼ぐしかなかった。彼等は赤ん坊や泣く子供さえも躊躇がなかった。

僕達は彼等の若い時代を知らないが、狩人達の目は常にギラギラしていて、戦争に赴いた兵士か猛獣を狩る狩人のようだった。

「ゆとり世代」とも呼ばれていた彼等は第三次世界大戦で多くの仲間を犠牲にして、時には人肉を貪る事もあったという。

白兵戦としては最大規模だった戦争の中で生き残った老人達なので体力や身体能力は機械の無菌室で育てられた僕達と違って、かなりたくましい。

安楽死施設を利用する事も出来たが、安楽死施設を利用出来るのは金持ちと知識人だけだった。

僕達貧民は「狩る」か「狩られる」か、の世界だった。

技術的特異点に到達できた要因は「第三次世界大戦」が泥沼状態に突入して、しびれを切らせたアメリカがロボット兵器を投入した背景もある。

 

そうやって色々と過去を振り返ってると、先輩の谷川が嬉々とした様子でスキップをしながら、缶をいっぱいに敷き詰めたビニール袋を担いでやってきた。

「どうしたんすか? 先輩?」

「いやな……今日は大漁だぜ。これだけあれば今日の晩飯ぐらいは食える」

「拾ってきたんすか? そんな汚い缶まで?」

「あん? あぁ……ドブ川の底まで拾い集めてきたからな」

谷川が拾ってきたのは全て空き缶だった。中には中身が詰まってる缶があったり、ドブに塗れた汚い缶まであった。21世紀初頭の空き缶まであった。谷川自身はそれほど汚れてなく、谷川の身体からは石鹸とシャンプーの臭いが漂っていた。

 

「そんな……ホームレスの真似をしなくたって」

「だがな……こうでもしないと、な。アルバイトさえも引っかからないご時世なんだぜ」

確かに。谷川の言う通りだった。まともな求人情報は東京や大阪のような地方都市ぐらいしかなく、田舎や地方では自給自足で生きているゆとり世代の老人と僕達のようなみなしごの若者しか生きていなかった。

「ところでさ? 俺達、若い奴がどうやって生まれてきてるのか知ってるか?」

僕はキョトンとした顔で袋の中から缶をいじくり回してる谷川の顔を見つめた。

「え? そりゃあ……両親から生まれて、その両親が物心付く前に死んでるからなんじゃないんすか?」

「違うんだなぁ……これが」

谷川はニヤニヤした笑みを浮かべながら僕の顔の目の前にホルマリン漬けにされた臓器の瓶を突き付けた。

「なんすか? これ」

僕は冷や汗をかきながらマジマジと瓶の中身の気持ち悪い臓器を見つめた。

「人間さ。人間の臓器だよ」

「え?」

「児童販売機って奴さ。ゆとりの年寄り共が俺ら若者とわずかな家畜の肉だけを狩って食ってると思うか?」

「違うんすか?」

「あぁ・・・・・・違う」

谷川はそう言って、児童販売機の由縁を語り始めた。

「都心部で誕生した未熟児やらIQの足りない赤ちゃんや理数系に適性のない幼児は分解されて缶や瓶に詰み込まれる。まぁ、口減らしのようなものだな・・・・」

「酷い・・・・・・酷過ぎる」

僕は開いた口を両手で抑えて両足で股を塞ぐ乙女のようなポーズを自然に取っていた。

「第三次世界大戦と技術的特異点で人命と人権の価値が犬猫未満になったからな。それに科学者連中が政治を執るようになったから、こういうのが平然と出来るようになったのさ。遺伝子操作と人工培養液で人間を増やせるってのもあるからな」

「それじゃあ、その出来損ないの人間は産業廃棄物って扱いなんですか?」

「奴等からすればそんな感覚なんだろうけど。肉や血はこうやって地方に送り付ける事で年寄りのエキスに吸収されるからな。廃棄物ってのよりはマシなんじゃないか?」

「それでも・・・・惨すぎますよ・・・・」

「地球環境が一気に汚染された理由を知ってるか?」

「戦争じゃないんすか?」

「違うな・・・・・・科学者連中のストッパーのかからない科学実験とロボット共の作業効率の異常なスピードの速ささ。あいつ等は科学が文明を支配出来る事に溺れてやってはならない禁忌ってものを次々に起こしていったのさ。科学者の理想や空想は技術者が居なくたって、ロボットや人工知能がすぐにでも、秒速で実現してくれるんだからな」

僕は吐き気のする話を谷川から聞かされてポケットから取り出した汚いハンカチを口の中に押し込んだ。谷川は話を続けていった。

「政府が承認する基準値を満たさない赤子はこうやってパーツ毎に分けられて瓶詰されるが、俺はこういう赤子を救ってくれる医者を知ってるんだ。俺もその医者に救われたんだからな」

「ウプ・・・・・・・それじゃあ、先輩も元々は児童販売機の赤子だったんですか?」

「そうだ・・・・・・・だが、俺の命は俺だけの物じゃないのさ。皮膚だとか髪の毛は人工パーツだけど、臓器だとか骨はみんなから受け継いだ大切な命なのさ」

「・・・・・・・・・・」

「喋りたくても喋れないようだな。そうさ。俺は融合人間と同じさ。ありとあらゆる人間のパーツをかき集めて作られた複数の命を持つ人間なのさ!」

「先輩・・・・・・・・それじゃあ、その瓶は?」

「俺は年寄りを殺してでもこの瓶を奪っている。俺の目的はな、竹田。児童販売機に眠ってる仲間達を助けてやる事なのさ。そして、いつかは同志を集めて戦争を起こして年寄りを皆殺しにする。そして、東京に押し寄せてこの異常性を全世界に中継するのだ」

「もし、世界が注目しなければ?」

「その時は世界と戦争するつもりさ。俺達には生まれる権利もあるし幸せを掴む権利もあるからな」

僕は心の奥底から沸き立つ火山の噴火のような言葉を先輩に浴びせた。

「先輩の言ってる事は理解出来るけど・・・・・・人の命を奪う事が本当に正しいんですか!?」

「戦争という言葉は過激だったのかもしれない。だが、中枢部に居るマザーコンピューターとそれを取り巻く科学者連中を叩けば俺達の正当性は認められるのさ!」

「それは傲慢ですよ! 先輩!」

「傲慢じゃないさ。老人を皆殺しにして、都市中枢部にあるマザーコンピューターと作業機械を全て破壊する。それを邪魔する科学者と政治家連中も」

「それをしたって、予備のプログラムや設計図はアメリカやヨーロッパが持ってるし、クラウド上にあいつ等の設計データはプログラミングされてるんだから、無駄ですよ!」

「数で叩けば・・・・・」

「いくら若者の数を増やしたって、戦争を仕掛ける前に機械に虐殺され尽しますよ! 老人達の数にだって追い付けない!」

先輩は頭に血が上っていたのかもしれない。僕の必死の説得で先輩は座り込んで両手で頭を抱え始めた。

「すまない・・・・・トチ狂ってたようだ・・・・・・・」

 

僕は涙ぐんだ谷川の顔から視線を逸らして谷川をかくまっている人物について問いただしてみた。

「しかし・・・・・・・先輩。

 

 

 

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