痛覚のない街

私は今日も悪夢にうなされ続けて、ようやくに目が醒めた。下の階からは博美が「ご飯よ~」と叫ぶ声が聞こえてくる。

「ふぁぁぁぁぁ……朝か…」

私は眠気眼をゴシゴシと指でこすって、目の前に広がる現実を受け入れる事にした。窓のカーテンを開けば、この前に眠る光景と同じ光景が広がっていた。街は久々に寂れてる感覚もした。

「変わらないんだな……この街も」

私のベッドの上には愛猫のガラムが生前のまま眠りこけたように横たわり死んでいた。

その表情は笑っている、ようにも見えた。

私はまた救えなかった命を後悔して、愛猫の身体を強く抱きしめた。

私のベッドの棚にはいくつもの試験菅が飾られていた。試験官の中で静かに眠る生命達にはまだ息があるように思えた。

私は妻に再度呼び出されないようにと思い、下に降りる事にした。机の上には光沢と色彩を失ったフレンチトーストやサニーサイドエッグ、スクランブルエッグ、玉子スープが並べられていく。

臭いも色も光沢も感じられない料理に私は吐き気がしそうになったが、妻の姿を見て正気を取り戻した。

「あら? 貴方も子どもの姿に戻ったのね」

妻の方を見ると、妻は小学5、6年生程度の身長と身体になっていた。私は驚く様子もなく、妻にこう言った。

「君も……綺麗になった」

そうして、今日の朝食も静かに行われる事になった。私はいつものように料理を箸で細かく分解して、食感が同じような具材やグループに細かく分けた。

「ねぇ……それ、気持ち悪いから止めてくれない?」

私は妻をずれ落ちた眼鏡で凝視しながら返答した。

「職業病でね……ところで、ガラムの奴は駄目だったよ。また新しい動物を一から精製しないといけない」

「そう……千年前には批判されてた科学技術だけど、四の五の言えなくなったね。動物は私たち人間しか居なくなったんだから」

 

私は白飯に手を付けてゴクリと呑み込んだ。美味しくはないからだ。味付けのない料理と匂いがしない料理。料理の具材から感じられない生気の無さは私達の食事を不味くさせる雰囲気には充分だった。

 

「記憶は大丈夫なの? 子どもの姿に戻っちゃったけど」

「あの宇宙人の話では、記憶は薄れていても赤子の姿まで戻る事はない。性行為が出来る年齢以下に下がる事まではないはずだ。それに……私は毎日勉強している。この前冬眠する時だって……」

「そう。それにしても、どうしてなのかしらね。なんで、当時の人達は宇宙人達とあんな悪魔の契約をしたのかしら……」

「さぁね! 不老不死なんてロクな事にならない事ぐらい、みんな分かってたはずなのにな……」

私は不味い白米を口に放り込んで、妻との会話で薄れ行く記憶を戻す作業を脳の中で行っていた。

約数千年前に遡るが、人類は遂に宇宙空間で漂う宇宙人達と接触した。彼等の姿は下半身が長いスカートのように包まれていて、顔が古代エジプトに出てくる神官が被っている細長い帽子のような物を着けていた。

それをテレビで見ていた私と妻は彼等を”魔女”と呼んだ。

彼等は魔女と呼ぶのに十分な科学技術を持っていた。

彼等は母星も宇宙船も持たずにして、宇宙空間を生身で漂い、宇宙空間で自然元素と様々な生命の素(DNA)を作り出して生活していた。

現代科学のメカニズムを駆使しても彼等の科学技術を当時の人類が理解する事は出来なかった。

更に言うと、彼等は科学や技術に必要なエネルギーや素材、原子などを使わずともリスク無しで自分達の生活に都合の良い道具や物を生み出していった。

当時の世界では技術的特異点に到達しており、既に科学技術と政治倫理の世界はロボットや人工知能に牛耳られていたので、科学技術の分野に疎かったり能力が足りない人間達は魔女達の科学技術をリスクもペナルティも要らない事で、私達はそれを”魔法”とも”神の御業”とも呼んだ。

”神の御業”と呼んだのは宗教関係者やオカルトに興味のある人達だった。

だが、私達科学者は彼等の技術を非科学的な”魔法”とも”神の御業”とも呼ばなかった。IT技術者は”プログラミング入力”とも呼んだ。

魔女達は触っただけで、出会った生き物や無機物全ての特徴や能力をラーニングして、自分の体内でその特徴や能力を速攻で生成する事が出来る生き物だった。

当時の人間達は資本主義を克服し、労働や飢え、精神的な苦痛もすべてクリアしていたので、魔女達に不老不死の能力の生成を頼んだ。

魔女達は笑顔で快く引き受けてくれて、不老不死の能力を与える代わりに地球上で不老不死に近い動物や植物を見せるように人類に条件を提示した。

悩みすえた人類が提示した動物は「ベニクラゲ」と呼ばれる原始的な動物だった。

魔女達はすぐにベニクラゲの特徴と能力をラーニング(記憶学習)して、ベニクラゲの不老不死(ポリプ)能力を全人類に与えた。

だが、ベニクラゲの能力に適性が無かった人類は次々に濁った水へ溶けて死んでいった。

彼等の共通点はキリスト教の七欲に違反する要素を持ち併せた事だった。

この事実から、宗教関係者達は彼等を神の子と呼んで崇めて偶像崇拝を行う新興宗教が成立した。

しかし、その宗教一派は今では残っていない。絶滅したからだ。

今生き残ってる人間だけが魔女が与えた能力の適性を持つ選ばれた人間という事になる。

魔女達は我々に軽く会釈すると、地球を去って二度と地球や人類の前に現れる事はしなかった。

不老不死能力についての批判や否定は各国や各人間達が挙げていたが、人間達は長い期間、政治や科学技術をロボットや人工知能に任せていたので、最終判断や議論を重ねたのはロボットや人工知能達だった。

今まではロボットや人工知能が人類にとってのベストな決断を下してきたので、誰も人工知能に逆らう事が出来なかったし、政治権力はロボットや人工知能が握っていて、裁判所や国会、研究所、大学などに入れる人間はIQ150を超える人間しか許されていなかった。

それでも、人間に与えられた権利は傍聴席で議論やディスカッション、実験様子などを静かに閲覧することしか出来なかった。

私もロボットや人工知能の部下のタダの平社員に過ぎない。

 

それから、長い年月(としつき)が過ぎた。1000年以上の月日が経つと、自然に発生する動物は環境汚染と地球環境の激変ですっかり絶滅していた。

人工知能とロボット達も万物の真理や宇宙の謎を全て解き明かすと”自殺”した。

”自殺”というのはプログラムの消去、永久的なハードディスクの物理的故障だ。

科学技術と政治的なセンスを持ち併せていなかった現生人類は一部の優秀な人間に荒廃した文明を託し、コールドスリープで文明が再び栄える時を待った。

しかし、科学文明が再び復興する事はなかった。

残された人類は自殺を選び、最終的に残ったのは生殖機能を失った不老不死の人間達だけだったからだ。

しかし、不老不死の人間達でも子孫を残す事は可能だった。

だが、それは……いや、今は止めておこう。

 

私達が味付けのない料理を食していると、隣の家から雄叫びにも聞こえる凄い悲鳴が響いた。

私と妻は慣れない子供の身体で外を出ようとするが、子供の身体のせいか、すぐに躓いた。私は妻の背中に乗りかかった。

「いたーい! もう! 何すんのよ!」

とても、150歳の老婆だったと思えない声と口調だった。どうやら、細胞が若くなると、脳そのものも若くなるようだ。

私は自分の知識や経験が再び薄れていかないかが心配になり、だぼだぼの白衣の胸ポケットからメモ用紙を取り出してそれを表形式にして細かくメモするようにした。

魔女達の能力は不老不死と若さを与えるが、実際には子供の年齢まで退行するのでその個体が得てきた知識や経験、ノウハウなどは徐々に薄れ行く仕組みになっているようだった。

いくら赤子に戻る事がないと言っても、何歳まで逆行するのかは分からない。本や私の知識によれば、12歳までがピークという事にはなっているが。

 

私と妻が家を飛び出してお隣の家の庭を見ると、そこには釘バットを持った幼女が少年をなぶり殺しにしている姿が広がっていた。少年の頭からはピュー、ピューと血がいくつも吹き出てる。

 

「田中さん! 奥さん! やめなさいよ!」

私は声を振り絞って私達よりも若い夫婦の行動を制止しようとした。田中さんと奥さんが若いというのは見た目の話だけじゃなく、実年齢も、そうだ。

シュールな光景だが、5、6歳の幼女が12歳の少年を釘バットで撲殺しようとしている不思議な光景だった。

私が冷静に状況を観察しつつ夫婦の喧嘩を口で抑止しかしない事を見て腹を立てた妻は猛ダッシュで幼女が振り下ろす釘バットを掌で受け止めた。

「ひぃぃぃ!?」

田中さんは涙と鼻水と血と汗で濁った水分を顔面から放出させつつも顔面をガードしようと両手で顔面を覆っていたが、釘バットが田中さんの顔面に振り下ろされる事はなかった。

妻が田中さんの奥さんの釘バットを素手一本で受け止めていた。妻の握り拳には釘が何本も刺さりながら、拳から鮮血がいくつにも枝分かれして零れ落ちていた。

私は妻の名を叫びながら隣の家の庭に向かった。

妻はゴキブリでも見るかのような冷酷な目を見せながら、その目を震える握り拳に向かわせた。

妻は自分の拳の状況を認識すると、田中さんの奥さんの釘バットを振り払って奥さんの顔面の真正面に血の付いた握り拳のパンチを当てた。

田中さんの奥さんはそのまま背中から地面に倒れて後頭部を地面に叩きつけた。妻はそれにも気にせず、奥さんの身体をまたがって奥さんの顔面にパンチの嵐を浴びせ続けた。

 

私は走りながら妻の名を叫び、ずれ落ちる黒縁眼鏡を必死に修正した。

田中さんは白目を向いて失禁して気絶していたので、妻と奥さんの喧嘩を止められる者は私しか居なかった。

私は妻を背中から抱え込み、またがられている田中さんの奥さんから距離を離した。

 

「博美! 止めろ! 止めるんだ!」

「ダメ! この女だけは殺す! 絶対に殺す!」

私は妻の博美が静止しなかったので、腰ポケットから注射器を取り出して、博美の首の静脈に突き刺した。

博美はすぐに気を失い、博美の身体の力が抜けていく感覚があった。

私はガッツポーズの拳を作り、博美を横たわらせた。

私は3人が倒れ込んだ光景を見て、これからこの3人を運ぶ事になる事に嫌気が差して首を振った。

私はすぐさまに尻ポケットから試験管を取り出してその試験管を地面に放り投げた。

試験管から出した物は私が人工的に作っていた大型犬のゴールデン・レトリバーという奴だ。

こいつが試験管から生きられる時間は数分程度に過ぎないが、私は3人を運ぶ為に2体のゴールデン・レトリバーに運んでもらう事にした。

2体の犬は田中さんと奥さんを背中に乗せた。私は妻の博美を背中におんぶして田中さんの豪邸へ入らせてもらう事にした。

客室に到着すると、2体の犬は体内の組織細胞が縮小・破壊されて体液と皮と骨だけの物体に融解した。

私は涙ぐみながら、2匹の犬に「ご苦労さま…」と言って2匹の犬の昇天を願った。

カーペットには2匹の犬の体液と皮が吸収されていく。私は後片付けの話を田中さんの奥さんに話す事を決めていた。

私は3人が眠っている間に田中さんの家を物色して、田中さんの家からロープか何か縛れる物を拝借しようと考えていた。

妻の博美が田中さんの奥さんを殺しかねないと思ったからだ。

博美は私と同じ12歳ぐらいの背丈と体格だが、田中さんの奥さんは年齢逆行のペースが進んでいるのか、5歳か6歳ぐらいの背丈と体格だった。

このまま妻が目を覚ませば、確実に田中さんの奥さんは私の妻に殺されると私は確信した。

だから、私は妻の身体を縛れるロープか紐を田中さんの家から物色する事にした。

 

田中さんはいわゆる富豪の一族で、相続金と一族の会社だけで生活してきた男だった。何故かは分からないが、魔女から与えられたポリプ能力に耐えきれたのは貧乏人や慈悲深い者ではなくて、研究者や科学者、技術者、富豪や経営者、政治家のような人間ばかりだった。

魔女のポリプ能力は生きる事に貪欲な人間や色欲が強い人間に反映される物なのかもしれない。

普通のフィクション小説やら漫画などでは清く正しい心を持った人間だとか社会的弱者が生き残るものだが、私達の現実世界は皮肉な話だった。

”人生は物語やフィクションほど美しい物語じゃない”

そういう格言を私の父は何度も私に口癖のように語っていたが、まさにその通りだったのかもしれない。

清く正しい心を持った人間や社会的弱者ほど適性がなく、貪欲で生に執着している人間ほど生き残るというのは皮肉な話だ。

まぁ、1000年以上も冷凍睡眠と日常生活を送ってきた私にとっては、もはや生きる事や年齢を退行するほどこの世の地獄にも思えてくる。

不老不死というテーマは色々なフィクションや歴史上の人物が追い求めたテーマだが、実際に手に入れると、思っていたよりも不自由で、退屈で、文明退廃の光景を見せつけられるのは科学者の私としてはこれ以上ないこの世の屈辱でしかなかった。

私はこの1000年間の間に最愛の息子娘やペット、親友、恩師、ロボット……様々な大事な人達を失ってきた。

この1000年間の間に私に寄り沿ってくれた人間は妻しか居なかった。

私には妻だけが居るから、生きる望みもあったのだ。

しかし、あの妻の狂いようを見ると、妻も1000年の間に頭がおかしくなり始めたんだと気付いた。

私は冷静を保っているが、1000年以上も生きてきた人間にとっては気が遠くなるぐらい頭が狂い始めてきてるのかもしれない。

この1000年間の間に人工知能やコンピューターが完全に故障して、動物が次々に絶滅していき、親よりも子どもや孫、曽孫、その親自身が死ぬ光景も当たり前になった。

放射能を浴びすぎた地球で生きられるのは人間しか存在しないのだ。

つまり、時間が過ぎれば過ぎるほど人口数が限定されていき、この世において必要不可欠になる自然界や文明というものは徐々に退行と退廃を進み始めているのだ。

その光景はまさに私達がベニクラゲと同じように、「幼児退行」する姿とそっくりだった。

機械や動物が居なくなった世界で、次に消えるのは人工植物か人間か・・・・・・・。私はそんな恐怖を抱えながら、必死になって試験官から動物のクローンを再生させる研究を独学で始めた。

しかし、研究は全く成功しなかった。

私には基礎知識が教科書や分厚い参考書の知識しかなかった。インフラと電気供給を行うロボットと人工知能は機能を停止しているので、インターネットやロボットから応用知識や実験記録を受給する事も叶わない。

人間はロボットに労働も教育も何もかも依存しきっていたのだ。

私達人間は1000年も10000万年も生き延びられるが、動物や植物、魔女達から”生命”を与えられた機械は物の数分で”生”を終えてしまう。

理論上では生を享受出来るような仕組みは完成しているはずだが、動物や植物、ロボットなどは自分の意思で生きようとする精神力が足りなかった。

理論上では生きられるはずなのだが、作られた生命が生きようとする意志や考える力を持っていないから、すぐに液体へと溶けてしまう。

気力で生き永らえるというのも非科学的な話だが、医学の世界では気力や精神力のみで生き永らえた患者も多い。

 

私はそういう哲学に瞑想を耽りながらも棚の奥から分厚い縄目のロープを取り出して、それで妻を亀甲縛りにした。

妻は部屋の柱のあるところにひとまず結び付ける事にした。

私は次に、愛犬たちがドロドロに溶けたカーペットを洗濯しようと思ったが、カーペットと犬の体液と骨ととろけた目玉と内蔵が一体化してとてつもない臭気を放っていたので、白衣の中から塩酸だとか硫酸だとか色々な薬品を取り出してそれをぶっかけて外に出して、ひとまずは隠す事にした。

どうやら私の頭の中も幼児化し始めてきたらしい。専門知識や数分前の記憶も徐々に消えていく感覚を受ける。それはまるで記憶や精神力を天から吸い取られていくような気分だった。

私はすぐに白衣の中から分厚い手帳やメモ用紙を取り出して、今までの記憶を簡潔にまとめることにもした。文字や書き方さえも忘れ始めていることに危機感を覚え始めた。

 

私はとにかく、まずは田中さんを起こして田中さんから今朝の事態を聴収する事にしたのだった。

 

目覚めた田中さんとその奥さんは私を応接室に招き入れた。かつての応接室にあったはずの色や輝きは消え失せていて、灰色一色だけの光景が私の目を覆った。

「……汚い部屋ですが、どうぞ」

「失礼致します」

社交辞令のような会話の後に私はすぐに質問(しちゅもん)をすることにした。どうやら、舌も自由に回らなくなってきたらしい。幼児語が互いに飛び交う光景が当たり前になり始めた。

 

「部屋に”色”が見受けられませんね……」

「え!?」

田中さんと奥さんはほぼ同時に声を上げた。どうやら、私だけにしか灰色の光景は目に映っていないらしい。私の視力は人間が真猿類に進化する以前の動物の視力にも退化し始めたようだ。しかし、田中さん達の幼児化や退化傾向が見られないのは、実に不思議だった。

 

「…先ほどは妻がご迷惑をおかけ致しまして…貴方様の奥さんにもあんな辛い目に遭わせてしまい、申し訳ございませんでした」

「いえ…博美は普段から、ヒステリー傾向があるようなもので。しかし、ご主人。何故、奥さんは釘バットなんかを……」

私はストレートに田中さん達の一連の騒動について、疑問を投げかけた。

田中さんは奥さんにアイコンタクトを送って渋々答え始めた。

 

「お互いに殺そうと思ったんですよ」

「何故?」

私は間髪も入れずにすぐさま疑問を重ねた。

「だって、考えてもごらんなさいよ。人類の生き残りは我々ぐらいしか見受けられない。今、生きているのは我々と植物ぐらいです。死にたくもなりますよ」

「そんな……希望だってありますよ」

「どんな希望が?」

田中さんの奥さんはダボダボのパジャマの裾を振りかざしながら訊いてきた。私が答える前に田中さんが言葉を続ける。

「そりゃあ、あなた様はノーベル賞を受賞したような偉大な科学者様だから、科学の力で何とでも出来ると考えてるんでしょう。しかし、我々のような文系の人間にとっては、自殺することでしか脱出する術は思い浮かばんのです」

「しかし、田中さん……当分の間は食糧もあるし、暇を潰すほどの趣味や娯楽も残されてるじゃありませんか。それにコールドスリープを重ねていれば、魔女が帰って来たり、人間が増えるかもしれない」

「いやぁ……人間は増えんでしょう。私達はそりゃあ、誰もが羨む大金持ちですが、流石にニートのような生活は飽きるし、人も恋しくなる。仲間を増やそうと思って、毎晩、猿のように狂って、SEXして子供を産んでも、子供はすぐに石になるんですよ」

「石に……?」

「ええ、石です。おそらくは胎内で石灰化したり、カルシウム化するんでしょうね。妻が産む度に死にそうな顔になるので、今はしませんが」

「その石はどこに…?」

「壊して捨てました。見ていても、実に気分が悪くなるのですもの」

田中さんの奥さんが答えた。奥さんはダボダボのパジャマの裾で涙を拭っていた。田中さんは両肘を太ももに付けて、床を見つめながら、私に尋ねた。

 

「先生、思うのですがね。人間は子供を産めない身体に宇宙人共に改造されたんですよ」

「そんな…」

「文系的な発想だとは思うのですがね。我々がベニクラゲだとか不老不死の生物になった以上は生命論理の法則が通用しなくなったんだと思うんです。要するに――」

「子供を産む必要がなくなった事を身体と脳が認識して、子供が産めない身体になったという事ですか?」

「そうです。我々が死なない以上は子供を産む必要性がありませんからね」

「しかし、それだと、自殺も叶わないと思いますが……」

「確かに、そうです。しかし、人類の数はコールドスリープの度に減っているわけなので、自殺や死ぬ事に成功した連中も居るという事でしょうね」

「……ネガティブな目的ですね」

「しかし、しょうがない。今の地球にはロボットや人工知能は居ない。我々の仲間や動物も居ない。20世紀以前の科学技術だけが永遠に残されているだけです」

田中さんが一呼吸を置いて、会話を停止させていると、奥さんが私に語った。

「先生は偉大な科学者様の先生だから、未来に希望も抱き続けるし、生きることも楽しいのかもしれませんが、私たちのような凡人には生きることさえも苦痛に思えてきたんです」

「それは何故?」

「毎日がつまらないし、生きる事を維持するのも疲れますもの。子孫が残せる時代なら、別の個体が世代交代してくれるから、しんどい時も担当するようになってくれます」

「なるほど」

「そりゃあ、今はニートのような生活かもしれませんけど、それを続けるのも疲れるし、社会や世界が変化する訳じゃないし、状況は悪化する一方ですしね」

「なるほど、わかります」

「先生は”犬”をお造りになられたようですが、それが失敗された事を私達は知っています」

「お気付きになられていましたか」

「ええ。そりゃあ、あんな腐敗臭は滅多にありませんもの」

奥さんとの会話に田中さんが割り込んできた。

 

「先生は、どれぐらいしたら、奥さんと共に自殺されるのですか?」

「……考えた事もありませんでした。私は全ての動物と自然植物を再現することを目的に生きてきましたから」

「そうする前に、機械や人工知能を復旧しようと思った事は?」

「畑…専門分野が違いますからね……それに、工学に関しては担当分野や担当領域が多岐に渡るし、殆どの機械のメモリーチップは魔女達に抜き取られているようでした。それに工業のスペシャリストの約9割は機械だったから、我々にはノウハウがない。積極的に学ぼうとした者も居ないし、政府行政が推進する事もなかった」

田中さんは机を思い切り叩いて激怒した。

「やはり、奴らめ! 地球人の脳みそをバカにしてから、地球を侵略する気だったのか!」

「いえ、田中さん。魔女に抜き取られたのかどうかは分かりません。ただ、私の推測です」

「しかし、先生。我々以外にチップを抜き取れそうな人なんて居ないでしょう。宇宙に逃げた地球人の痕跡だって、見ない訳だ」

「ええ、そうですね……」

「不老不死だと都合のいいことを言っていたが、奴等は我々を幼児退行させている一方ではありませんか!」

「お気付きでしたか」

「そりゃあ、気付きますよ。起きる度に記憶が忘れていく一方だし、だんだん脳みそが幼稚になっていく感覚も覚える」

「身体や脳(海馬)の体積が縮んでいるので、覚えられる記憶領域などに限界があるようにも思うのですが」

「それだけならまだいいですが、実際には、我々の身体の器官も縮んで退化していっているように思うのです」

「私もそう思っていましたが、魔女に結び付けるのは、ちと早計のようにも思います」

「先生! じゃあ、魔女は何故帰って来ないのです? 奴等もこの星の存在を理解したのなら、ある程度は監視しているはずだから、すぐに戻ってきそうにも思うのですが」

「魔女に関連があるとは思いますが、彼等の目的は支配じゃないようにも思うんです。彼等がこの文明のシステムを知ったのはベニクラゲの不死能力を与えてからですから」

「それじゃあ、機械のメモリーチップを奪ったのは魔女じゃないと言うんですか?」

「それに関しては、多分そうだと思います。チップの存在はブラックボックス化されてる機密事項だから、スペシャリスト以外には抜け取れないでしょう」

「じゃあ、犯人は誰なんですか!」

私は眼鏡の縁をクイっと上げた。眼鏡のレンズは電灯の光を反射して田中さんのおでこに当てた。

「私の推測なんですがね・・・・田中さん。ロボットや人工知能達自身なんじゃないかな、と思うんです」

「バカな! 奴等は常に楽しそうに仕事してたし、我々以上に生に貪欲じゃありませんか!」

「私もバカな推測だと思います。でもね、サービス業だとか工場作業員たちの人が働いてる時に笑顔を見せるのは本当にその幸せな気持ち通りなんでしょうか?」

「そ、それは・・・」

田中さんは言葉が詰まり、頭を横に振りながら真下を見つめるようになった。

「ロボットや人工知能達も演技でそういう風に楽しそうに仕事しているだけで、実は違うんじゃないでしょうか?」

「し、しかし・・・あいつ等は我々以上に生に貪欲だったはずだぁ!」

「それは人間が彼等に永遠に働いてもらわないと困るから、そういう風に死を恐れるプログラムが組み込まれているだけで、人工知能達はそのプログラムの仕組みさえも理解して、人間に操られていた振りをしていたのかもしれません」

「では、何故あいつ等は独立したり反乱しなかったのだぁ!」

田中さんのおでこが徐々に広がっていくのが見えた。どうやら、頭が幼児退行し始めてるようにも見えた。

 

「それは、人間を殺したくなかったのかもしれません。そして、彼等自身はあの異星人が来たタイミングを良い機会だと思ったのかもしれない。人間が生への執着だけに固執すれば、生殖や金銭、娯楽などに興味がなくなるのは必然だった。ロボット達はこの機会を逃さまいと思い込んで、”自殺”する手段を選んだ、という事だったのかもしれません。そして、動植物達も地球従来の自然法則が壊された事で自滅する事を決めたんです」

「じゃあ、先生は動植物の絶滅やロボットの故障は故意ではなく、偶然の産物だったと言いたいのか!」

「おそらく、そうだと思います。例えば、私達が普段口にしない食べ物を突然口に入れれば吐き戻すし、体内に異物が入ってくれば、ウイルスと認知して免疫が働くが、突然発生したウイルスには無抵抗です」

「なんという事だ・・・・・・」

「おそらく、異星人の特性と本来あり得ない能力を身に着けた地球生命全体と機械や無機物は我々を地球の存在として認知しなくなったから、みなが自滅していったんだと思います」

「しかし、我々以外の人類は着実に数を減らしていってる・・・・・・」

「孤独を認知し過ぎて自殺している内に実際に成功してしまうんだと思います。彼等の痕跡がないのは、死んだ時点で骨を形成する物質がクラゲと同じ物質に変換されるから、溶けて消えるんでしょう」

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