ラクダと老人(The Camel with an Old man in desert)

2016年02月27日

ラクダと老人

今日もゴビ砂漠に燦々と照り付ける太陽が真上に登っていた。僕と主人であるラシードは息を切らせながら、広大な砂漠をひたすらに歩いていた。と言っても、ラシードはラクダにずっと乗っていて、たずなを引っ張っていたのは召使である僕だった。僕は息を切らせながら、ラシードの方を振り向いて乞うた。

「ハァハァ……ラシード……僕にもみ、水を…」

ラシードは羊の毛皮で作った水筒をガブガブと飲みながら、僕の方を一瞥して水筒を僕の頭に目掛けて投げ付けてきた。僕は当てられた水筒でフラフラと倒れ込んだ。

「ハン! 召使風情が!! 生意気なんだよ!」

僕は地面に落ちた水筒をすぐに拾い上げて飲もうと水筒の口を口に運んだ。しかし、そこから流れる水は一滴も無かった。

「ひ、酷い……もう1週間も飲んでいないというのに……」

「まだ水はあるがな……お前にはやらんよ! 金をくれるのなら、別だがね!」

僕はラシードのこの言葉を聞いて、ラシードを抹殺する計画を企てる事にした。ラシードは水っ腹が特徴的な肥満体質の80過ぎの貿易商人だった。シルクロードを渡って、中国とイスラムを何度も行き来する商人だったが、彼と同行した召使や商人達は彼の命を繋げる為に犠牲になってきた。おそらくは地図が読めない男だったのだろう。貿易の計画も地図で渡航する段取りも全ては彼のワンマン体制だった。そのせいで何人もの優秀な貿易商人やプロの料理人達が犠牲に成ってきている。彼の一族は王族から信用されていた名門中の貴族の一族でもあった。ラシードは生まれた時点で常に甘やかされてきて、自分以外の人間を信用せず、いつも自分の独断で仕事を進めてきていた。亡くなった犠牲者達の事が故郷で大事にならないのは彼が報道官や王宮の貴族達を買収してきたからだった。「老人は常に大切にしろ」というのが母国の格言ではあったが、僕は自分の命と将来の犠牲者達の命を守る為にラシードを抹殺することに決めた。

日が暮れて焚火の準備が出来ると、ラシードと火を囲んで会話を始めた。あれから色々考えて、ラシードに最期のチャンスを与える事にした。もし、この会話が成立しなければラシードを殺そう…と、そう決めていた。

「……ラシード」

「なんだ!」

ラシードは僕の言葉に対してイライラしながら頭に血管を浮かばせながら怒声を響かせた。ラシードは羊の皮で編んだ袋の中から巨大な鶏肉の太ももを焼いて一人で食べていた。

「……ラシードはいつも旅が終わると一人だけ帰還しますよね? それは何故ですか?」

ラシードは鶏肉を大きな口で噛み千切りながら答えた。

「ワシは運が良いのだ! ワシが一人になる時には必ず国へ帰れるようになっている」

「それは…わざとですか?」

「なにぃ!?」

「だって、おかしいじゃないですか! なんで旅が終わると、いつも貴方一人だけ帰ってくるんですか? 今回の旅でも大勢の仲間が死んでいる! 何百回旅をすれば、こんな事になるんだ!」

「き、貴様ぁ……私を愚弄するのか!」

ラシードはすっと立ち上がり食べきった鶏肉を僕の顔目掛けて投げ付けた。僕はそれを避けて立ち上がり、ラシードに飛びかかった。

「たとえ、天が味方をして貴方一人だけが帰れる仕組みになっていたとしても! 毎回仲間を犠牲にする貿易なんて続けるべきじゃない!」

「アホか! 貴様! シルクロードの旅で犠牲にならぬ者が居ると思っているのか!」

「それでも! 毎回20人以上の付き添いと10頭のラクダが居なくなるのはおかしい! リーダーなら! 少しでも犠牲が減らせるように、最短ルートで母国へ帰るように旅の日程を組むのが貿易商の役目ではないのか! 80にもなって、なんでそれが分からないんだ!」

「貴様ぁ! 言わせておけば!」

僕とラシードはお互いの服の襟を掴んでゴロゴロと地面に転げ回った。僕とラシードの身体は全身砂だらけだ。

「貴方には人や部下を思いやる心が欠け過ぎている! 年長者ならば、若年層や部下の者にも水や食料を分け与えて、生存率を伸ばしてやるべきだ! 貴方は富を得たかもしれないが、後世に渡る名声は悪声に代わって、代々……いや、世界中に貴方の悪評が広まりますぞ!」

「若造が!」

僕らは砂漠に出来た深い段丘のそばまで転げてきた。ラシードの頭の後ろには傾斜になった段丘が控えている。そこに転げ落ちたら二人とも登ってくるのは難しいだろう。ラシードは後ろに控えた段丘を見て、命を懇願してきた。僕はやはりこの男はクズだと思った。80歳の老人なら20歳の僕の力でも絞め殺すのは簡単だ。だが、僕の正義感が許さなかった。

「ラシード……水と食料は?」

「へ?」

「あと、どれぐらい残ってるんだ!」

「も、もうない……さっきので全部だ」

僕はその言葉を聞いた瞬間、目を限りなく細めてラシードを凝視した。ラシードは目を瞑り、鬼の形相と成り果てた僕の表情から視線を逸らした。

「しょうがない……ラクダを食おう」

「な、なんだと!?」

ラシードは飛び起きて、またがっていた僕を突き飛ばしてラクダの方へ駆けていった。僕も後を追いかけて短剣を腰から取り出した。

「や、やめろ! やめてくれ! これが無ければ……ワシは歩かなければならん! 頼む! やめてくれ! この通りだ!」

ラシードは土下座してブヨブヨに太りきった醜い顔から激しい涙を流しながら僕に懇願してきた。僕はラシードを見下ろして言った。

「じゃあ、あんたが死ぬかい?」

「ひぃ!」

ラシードの顔が青ざめて強張っていた。僕は無表情のままラシードを細い目で見下ろしながら語った。

「二つに一つだ……ラクダを殺して二人で少しでも長く生き延びるか二人の内のどちらかがギャンブルで勝者を決めて、食糧になるか? だ」

「ま、待ってくれ……ワシが死にかけになるまで時間をくれ! それまでにオアシスか王宮へ戻るようにするから!」

「なら、待ってやる……だが、これが最期のチャンスだ。もし、見つけられなければラクダを殺すか俺達のどちらかが死ぬかを決めろ」

「わ、分かった……」

ラシードは何度も頷いたが、僕はラシードの言葉を一つも信用しなかった。ラシードが地図が読めないのは事実だと思った。ラシードは初めて焦ったのか、僕に地図の最短ルートを尋ねたりしたが、地図に居る現在地は地図にも載っていない場所だった。だから、ラシードの一隊がラシード以外全滅する事も分かった。しかし、ラシードだけが毎回生き残るのは謎だった。おそらくは不思議な悪運というか強運が彼にまとわりついているのだと感じた。僕にすれば、彼を生かした方が僕の生存確率も上がりそうに思えたが、彼は頑なにラクダから降りるのを嫌ったので二人の内のどちらかが食糧になる選択肢しかなかった。僕はラシードを殺した後の事を考えたが、空腹と喉の渇きで、それどころじゃなかった。ラシードに提案するつもりのギャンブルはコイン投げだ。ヨーロッパの諸国から流通した金貨を投げ飛ばして表か裏かを決めるというシンプルな手法だ。ラシードは金貨を大量に持ってるだろうが、僕はラシードが出した場合の金貨をすり替える為に自分用に金貨を用意した。金貨にはアスファルトで表同士をくっ付けたものと裏同士をくっ付けたものの2パターンを用意した。念の為にラシード側の金貨にも細工をしておいた。汚い手だとは思ったが、空腹と喉の渇きが限界に来ていて、卑怯とか正当とかを考えられる状態にはなかった。ラシードがもう少し他人を思いやったり、世話焼きな一面があるのであれば、僕もラシードに対して信頼感を寄せて彼に付き従ったのだろうが、彼は余りにも幼稚で無知で、馬鹿な男だった。何十人もの部下や仲間を死なせてもその死から反省や成長も垣間見れない。幼少期の頃の教育も原因なのだろうが、人間としての感性自体が腐ってるように感じた。

数日が経ち、ラシードは約束を守れなかった。幸いにも地図に載っている場所には到達したが、王宮まではまだまだ距離があった。

「ラシード……決断の時ですよ……」

「ぜぇぜぇ……はぁはぁ……お、お前が死ね…そして、ワシがい、生き残る…」

ラシードも数日間飲まず食わずを体験したせいか痩せ衰えて、息が切れていた。相変わらず他人を思いやる気持ちが無い事に落胆したが、僕はようやく飯にあり付ける安堵感に陥っていた。

「じゃあ……いいですね……コイン投げで決めますよ」

「な、何故……き、貴様が決める……ワシが決める……じゃ、じゃんけんだ…」

「じゃんけん!? な、何ですか? それは?」

初めて聞く言葉だ。中国にもヨーロッパにもわがイスラーム圏でもそのような言葉と遊びは聞いたことがなかった。

「今から……数百年後、中国やヨーロッパで普及する童子共の遊びだ……さぁ、やるぞ」

「ま、待ってください! ルールを教えてくれなければ分かりませんよ」

正直驚いた。まさかラシードが預言者だとは思いもしなかった。死期を悟って頭がおかしくなったのかと思った。ラシードはじゃんけんの説明をする間に突然私に未来の話をし始めた。その話は実に興味深く、イブン・バットゥータ先生の旅行記並に興奮する話であった。その話には中国王朝の崩壊やヨーロッパ諸国が連合を組む話や二度の世界大戦やわがイスラーム国家の未来までも予言されていた。更には過去の予言までもし始めた。このゴビ砂漠に眠っている巨大な陸上の竜が生きていた時代があった事やこの地球という星が小さな隕石や小惑星の爆発同士の融合から生まれた惑星であることとかだ。予言を述べる度にラシードの顔色が真っ青になっていくのが分かった。おそらく何かの伝染病か病気にかかったのだと思った。私はその時点でラシードが死んだ後はラシードの肉を食べない事を決意した。じゃんけんをする直前でラシードは最期の遺言を残した。

「お前……我々、人類が死ぬ時の光景というものを想像出来るか?」

「私達が滅ぶ? それが最後の預言なのか? 一体どういう預言だ? ラシード?」

「私が死にそうになっているのは……今、私の魂が未来と過去の世界や時間を行き来して飛び交っているからだ……どんな者でも、このような光景を見てしまうと……私のように、私のように…」

「ラシード! ラシード!」

僕が叫ぶと、ラシードの身体は小刻みに、大きく前後に揺れながら目玉を沸騰させて、泡を噴き始めて臓物を吐き散らして、頭から脳が爆発して欠片が飛び散った。

ラシードが亡くなって、しばらくした後に私はラシードを砂丘の中に埋めてやった。砂漠で亡くなった旅人は砂漠の中で埋めるのが旅人のルールになっている。私はラシードが預言した遺言を頭の中にメモして、家に帰ってからそれを書物にする事にした。ラシードの預言で唯一分からなかったのは人類の最期だった。だが、ラシードの台詞と最期を汲み取ると、想像すれば死に至るほどのおぞましい最期というのが分かる。私は後世の人々に嫌な印象を残したくないので、その預言だけは書物に記さない事にした。

私はラクダの糞尿を食って飢えと渇きを凌いだが、地図の真ん中地点まで来る時にはラクダを捌いて自力で歩いて王宮を目指した。

私がなんとか王宮に辿り着き、息を吹き返すとラシードが亡くなった事を皆に告げた。町のみんなは大勢喜んで報道陣や貴族達もラシードのありもしない噂まで流してラシードの一族を全員処刑に至らせた。私はラシードの悪口やラシードの悪声は伝えなかったが、ラシードが死の間際に伝えたこの星や世界に伝わるありとあらゆる歴史と予言だけは書物に書き記した。この書物はベストセラーになったが、私の書物があまりにも的中し過ぎた為に発禁となり、私自身も国を追われた。今では私も世界の各地を飛び回る旅人となった。

 

 

 

 

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