第三次産業がブラック企業と少子化の元凶だ! (2020年代版)

この記事は2021年に公開する予定です。「第三次産業がブラック企業と少子化の元凶だ!」の続編です。

 

>日本のブラック企業の源流とは何なのか?

「ブラック企業」という固有名詞は日本独自の単語だと考えている人が多いようですが、実際にはアメリカやヨーロッパなんかも多いようです。ヨーロッパに至っては農家のアルバイトの最低賃金が150円程度だったりするし、アメリカAmazon、ディズニーの労働環境なんかはブラック企業だと評判だったりします。

日本より海外の方が住み易いとか幸せなんて意見も多いですが、最低賃金の下限設定はないし、日本ほど失業率が低い訳じゃないので、アメリカやヨーロッパが幸せなのか? って言うと、そうでもなかったりします。

まぁ、アメリカやヨーロッパはアルバイトや非正規すら求人が殆ど無いので、若者が昼間から酒場やら図書館、美術館なんかで過ごしているなんていう報告例もあるようですけどね。

世界で幸せに暮らせてる国民なんて北欧と石油産出国ぐらいで、日本やアメリカ、ヨーロッパなんかは全体的に落ちぶれてる気はします。

日本の自殺率とニート率は最近の政府報告のデータによると、減ってるらしいですが、実際には若者の死因1位は「自殺」に切り替わってるらしいので、若い世代の比率自体は上がっているんじゃないか、って指摘もありますね。

まぁ、G7の国の中でも日本が自殺で死ぬ若者の比率としては1位らしくて、あとは中国や韓国、ハンガリー、ロシアなどが続くようです。

若者の自殺原因は様々語られていますが、最も可能性が高い要因が「ブラック企業」と言われてますね。

 

それでは、日本がブラック企業体質になり始めたのはいつ頃なのか? って言うと、「江戸時代」まで遡ると思います。

江戸時代と言うと、織田信長や豊臣秀吉が天下統一を果たした後に徳川家康が豊臣家を滅ぼして天下統一して江戸幕府を開いた時代になります。

江戸幕府が約250年間もの間、政権を開いていたので、「江戸時代」と呼ばれてますね。

江戸幕府がブラック企業体質なのではないか? と最初に唱えたのが作家の司馬遼太郎です。

司馬は自身の小説のあとがきで「功罪半ばする」とし、「(日本人の)民族的性格が矮小化され、奇形化された」という評価を江戸幕府に下しています。

この一文はWikipediaの「徳川家康」の項目にあった一文を引用しています。

司馬は徳川家康自身はそれなりに評価していたようですが、江戸幕府に関しては嫌いなタイプだったようです。

 

江戸幕府以前の政権や日本は司馬の言うように個人それぞれに個性や特徴があったのか? と言うと、あったんじゃないでしょうかね?

あった、というか、暴力的な手段で私利私欲の目的で動いていた日本人が多かったと思います。

例えば、一揆だとか下剋上なんかがありますが、あの特徴が戦国時代独自の物だったのか? と言うと、鎌倉時代や室町時代にも頻繁に起きていたようですし、古代に至っては朝廷に逆らう逆賊(平将門や藤原純友)のような人間も居ました。

織田信長や徳川家康が朝廷や天皇の財力と権力を無力化させたという事で一部の人達が彼等を逆賊呼ばわりする場面も見た事がありますが、織田や徳川に比べたら朝廷を武力で排除あるいは独自の国家を築こうとした平将門や藤原純友の方が野蛮だったでしょうね。

司馬が表現した一文をどのように解釈するのかは人それぞれですが、江戸幕府が誕生してからは個人が反乱や一揆、革命などを起こして時の権力者を脅かそうとはしなくなった、事は間違いない気はします。

まぁ、江戸時代は本当に平和だったのか? と言うと、大塩平八郎の乱や島原の乱のような物はあったけど、平将門の乱などのように敵対勢力に拮抗する戦いぶりを見せた訳じゃなく、幕府側の圧勝でしたからね。

 

多分、司馬の言いたい事って言うのは、「江戸時代以前の日本人は下剋上や野心、野望なんかを抱いた私利私欲の人間が多かったけど、江戸時代以降は暴力的な手段や個性を表面化して権力に戦う日本人は居なくなった」という表現だったんじゃないか、とは思いますけどね。

まぁ、奇形だとか矮小の意味を考えると、そんな感じの意味だったんじゃないでしょうかね?

古代に至っては朝廷や天皇にさえも逆らう逆賊や反乱などが多かったし、中世になっても農民の一揆や家臣の下剋上なんかがあって、とにかく”個”の強調という部分が色濃かった時代だと思います。

現代に至っては逆賊とされるべきはずの平将門が神として崇められているけれど、中世以降に朝廷に逆らった歴史上人物の多くは未だに逆賊という評価を下されている人物が多い。

 

徳川家康や江戸幕府は朝廷に対してはどんな政策をしたのか? と言うと、これを説明すると私自身勉強しないといけないんですが、財力と権力の無力化、と言った感じですね。

朝廷の財源が殆どなくなったので、水戸藩の水戸光圀(徳川光圀)が水戸学なる尊王論の学問を広めるまでは朝廷が生活的に裕福になる事はなかったようです。

まぁ、水戸藩や幕府が朝廷にお金を献上したりしても朝廷や貴族が裕福な家庭だったのか? と言うと、そうでもなくて、華族制度が崩壊するまでは貧乏な公家や貴族の末裔も多かったようですけどね。

一般的には公家や朝廷の方が金持ちに思えますが、華族制度が廃止されるまでは大名家の子孫連中よりも貧しい公家や朝廷の子孫が多かったらしい。

徳川幕府が確立されるまでは秀吉なんかが朝廷や天皇にお金だとか財源を献上したり寄付したりしてたみたいなんですが、徳川幕府は朝廷から権力と財力を奪ったという事で、朝廷や天皇が好きな日本人には徳川幕府は嫌われてるようですけどね。

司馬遼太郎が幕府に対して述べた「功罪」はおそらく朝廷や天皇にした仕打ちなんかを意味してると思いますけどね。

織田信長や豊臣秀吉は朝廷や御所をバックアップする為にお金の献上とか色々やってた訳だけど、徳川幕府の場合は水戸光圀が現れるまでは朝廷の財源や権威の回復・見直しというものがなされなかった。

ちなみに水戸光圀が広めた水戸学はその後、水戸藩で大いに広まり、桜田門外の変で水戸藩士が井伊直弼を暗殺。15代目将軍に水戸学や尊王論を帝王学で学ばされた徳川慶喜が就く事になりました。

ある作家の話では、幕末は水戸藩から始まり、水戸藩で終わったという一文を述べた人も居ます。

徳川が脅威に感じていた朝廷や天皇を再評価したのが徳川自身で、水戸徳川の子孫が尊王攘夷運動の火付け役になったというのは皮肉な話にも感じます。

 

天皇や朝廷の権威が民衆や国民全員に浸透し始めたのはおそらくは幕末の尊王攘夷運動の頃からで、それまでは天皇や朝廷の権力が幕府や武家政権より上という事はなかったはずでしょう。

江戸幕府が日本国民に対して行った個性を尊重するよりも組織や協調性を重視しろ! という方針は次の明治政府にとっても都合が良かったので、そのまま富国強兵における精神性に利用される事にもなります。

明治時代の頃の日本はイギリスやアメリカのように奴隷や科学技術で軍事力を支えていた訳じゃなかったので、多分協調性だとか組織論をよく理解していた国民をそのまま軍隊や軍人、労働者に利用するのは都合が良かったんだと思います。

日本は資源や土地が多い訳じゃないし、奴隷を持ってた訳でもないし、科学技術も大して進歩してなかったので、自国の国民の思想を一本化して組織化させない限りは欧州列強と渡り合えなかったんだと思います。

江戸幕府が日本の個人から武力だとか私利私欲の精神を奪った事は”悪”だったのか? と言うと、明治時代当時においては徳川幕府の思想統制は都合が良かったんだと思います。

何故なら、富国強兵だとか工業化を進める為には個性よりも協調性を重視した思想と精神を植え付けない限りは欧州列強に軍事力と工業力の面で叶うはずがありませんからね。

江戸幕府のやり方や思想統制全てが間違いだったのか? と言うと、明治時代において日本人全員の思想が一本化されて統一されていた部分は当時としては結果的に良かったんじゃないかと思います。

まぁ、江戸幕府から続く思想統制の問題や綻びが発生するのは明治時代よりも先の事になるんですけどね。

 

江戸幕府から続く思想統制と個性の厳禁化が続いた事で何が起こったのか? と言うと、太平洋戦争における特攻だとか少年兵の犠牲、突撃になるんじゃないでしょうか?

特攻や少年兵の犠牲は何が問題なのか? って言うと、指揮していた指導者だとか年配の将校連中なんかが突撃したり見本とせずに、自分等はのうのうと生き残った事じゃないでしょうかね?

まぁ、年配や老人、偉い人間が若者よりも後で死ぬという事は幕末の頃からもちょこちょこあったようだけど、太平洋戦争や第二次世界大戦の頃の方が保身に走る将校や年配の人間なんかは多かったようです。

特攻自体が批判される傾向にありますが、鎌倉時代の頃から続く伝統のような物だから、日本の戦い方としてはしょうがない気もしますけどね。

まぁ、太平洋戦争における特攻は自分の意思じゃなくて、上司に無理やり命令されて遂行させられている訳だから、その時点で問題なんですけどね。

で、特攻命令を下した将校や年配の人間は真っ先に見本になったのか? と言うと、そういう話もあんまり聞かないので、そういう体験をした老人が左翼や反日家に逆転するのはしょうがない事だとは思いますけどね。

戦国時代や幕末の頃の特攻とか身投げみたいな行為は自分の意思みたいな物でやってる部分があるし、大将自らが率先してる場面もあったけど、太平洋戦争の特攻はあんまりそういう話は聞きませんからね。

 

まぁ、江戸幕府がブラック企業体質の源流だったのか? と言うと、太平洋戦争における旧日本陸軍の頃からお偉いさんの腐心が始まって、下っ端から犠牲になっていく、みたいな文化が出来上がっていったように感じます。

 

司馬遼太郎や一部の国民は江戸時代や江戸幕府から日本が狂い始めたと考えたりもするようだけど、江戸時代の労働環境は約6時間労働で、農民の多くも農業以外の副業なんかで稼いでいたそうだし、娯楽が全くない時代でもなかったし、40歳ぐらいで定年退職出来たそうだから、2ちゃんねるなどでは人気の高い時代だったりもするようですけどね。

まぁ、連帯責任だとか質素倹約だとか個人の欲望と野心を抱かない、っていう仏教的な価値観が国家ぐるみで高く評価されるようになったのは、この時代からだと思いますけどね。

江戸時代以降の日本人は幕府自身も貧乏になったせいか、全員で裕福になろう! だとか金持ちになろう! なんていう感覚が薄かったですからね。

明治政府や旧日本軍なんかも江戸時代における「貧乏自慢」みたいなモットーは都合が良かったせいか、「贅沢は敵だ!」なんてスローガンを掲げるようになっていったようですけどね。

ちなみに「贅沢は敵だ!」っていうスローガンは第一次世界大戦のドイツで始まったスローガンらしかったようで、日本は江戸時代における質素倹約とかの経験もあったせいか、国民に広く浸透していったようですけどね。

 

太平洋戦争や第二次世界大戦が終結すると、今度は資本主義が浸透して国民の半数以上が会社員になり始める「高度経済成長期」を迎える事になります。

昭和時代も江戸時代や明治時代のように暗黒時代だったのか? と言うと、昭和時代は「終身雇用制」と「年功序列制」があったし、年金の受給額の方が支払い額より大きかったせいか、江戸時代以上に平和な時代という印象が強いですけどね。

まぁ、パワハラとセクハラは現代とは比較にならないぐらい酷かったらしいけど、工場のライン作業員が中卒でもなれるし、正社員待遇で、現代の非正規よりも楽な仕事だったと考えると、戦後社会の方が現代よりマシな気はしますけどね。

 

昭和時代の頃の方がブラック企業が酷かったっていう中高年も多いけれど、アスペルガー症候群やADHD、発達障害者なんかでも簡単に正社員になれる上に人と喋らない仕事が多かった上に専業主婦にもなり易かった事を考えると、日本の黄金期にも感じますけどね。

まぁ、理数系や芸術系の才能がある人は平成時代や現代の方が幸せだろうけど、無能な人間にとっては戦後昭和の方が楽だったでしょうね。

戦後昭和は高度経済成長とバブル景気という二つの好景気を持っていたので、雇用の安定化とお金という面では不自由しない時代だったかと思います。

 

ここまで見ると、日本のブラック企業っぷりは昔から一般的だったのか? って言うと、「アメとムチ」の使い分けが出来ているので、ブラック企業と言うほどブラック企業じゃなかったりします。

人によっては江戸時代や明治時代、昭和時代が日本の暗黒時代に感じる人も居るかもしれませんが、「飴」になる部分も大きかった上にリターンも大きかったので、言うほど不幸な環境じゃない気がしますけどね。

 

本当にムチだらけになったのは、小泉竹中政権の2000年代からだと思いますけどね。薄利多売の商店や企業だらけで、客の質も劣悪だし、大卒が昔の中卒よりも酷い仕事をやらされるのが普通になっていった。

恩恵があるのはアメリカリードで高めていったソフトウェアやITにおける科学技術ぐらいで、娯楽関係の消費は無料になったけど、労働だとか生産活動は悪化したって感じですね。

医療技術の進歩で高齢化が酷くなり、労働も楽じゃない上に低賃金なので少子化も加速するようになって、非正規雇用も全体の4割に上るようになった。

娯楽産業が無料化されていってるので、楽な雇用の数は減っていってるし、工業製品や建造物も前世紀の遺産がそのまま使えたり、少し修理出来るだけで長持ちするので、買い替える必要もない。

先進国全体でソフトウェア産業かサービス業ぐらいしか社会的需要がない訳だけど、全体的にデフレが進んでるから、人件費自体が雀の涙程度で働く価値さえもない時代になってるんですよね。

資本主義って言うのは、基本的には生活費+贅沢費を稼ぐ事が出来る労働をやり続ける事にのみ価値があるって感じの社会制度の訳なので、生活に不自由を感じなければ無理をして労働しなくてもいい、っていう怠け者みたいな社会層も生まれてしまう訳です。

まぁ、それがニートや無職でしょうね。

それでも約7割8割の人間は働きたい訳なんだけど、サービス業とソフトウェア産業ぐらいしか雇用が残ってないから、結局は就職市場で余ってるっていう感じになってるんだとは思いますね。

 

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