H.G.ウェルズの『タイムマシン』

今回の名作文学紹介コーナーの2回目はSF作家の巨匠H.G.ウェルズの『タイムマシン』です。

ウェルズはタイムマシン以外に原子力発電やラジオ、テレビ、異星人の侵略、ロボット、遺伝子操作など当時では実現しなかった発明品を自身のSF小説に導入していた事で有名です。

この作品は私にとってのベスト小説の一つなので、ここで紹介しきれない部分があると思うので、後にまた再度紹介するかもしれません。

ウェルズの孫の人は映画監督になったとか、そんな話を聞きますが、無名のままだった気がします。2002年にもこの小説を再度映画化していましたが、古臭いストーリーとエンディングの変更のせいで名作とまではなりませんでした。

 

>大まかなあらすじ

「タイムトラベラー」と言われる著名な科学者が80万年先の未来に飛び、人類の行く末の世界を体験する。その体験した世界を茶会に招いた友人たちに語り、再び時間旅行を行おうと試みるが、タイムトラベラーの姿はタイムトラベラーの元居た世界で再度確認される事はなかった。

タイムマシンはタイムトラベラーが開発した機械で、作中や映画の世界では単に時間移動能力しか持っておらず、位置移動まで行う事は不可能だった。

80万年先の未来では人類が分岐進化しており、資本家の末裔であるイーロイ人は知能が8歳程度まで退化しており、カンガルーのようにジャンプしながら地上で植物や木の実やフルーツを食べる大人しい人種だった。

地下で暮らすモーロック人は労働者の末裔であり、知能がチンパンジー程度しかなかったが、イーロイ人を捕食するだけの力があり、地下で過ごしているので夜や月の照らない世界ではイーロイ人を積極的に狩りする動物だった。

 

>この小説の影響

人類の分岐進化については後の『マンアフターマン』とかに影響を与えてそうな気がします。タイムマシンについては『ドラえもん』『シュタインズ・ゲート』『ドラゴンボール』『ターミネーター』『バック・トゥ・ザ・フューチャー』などの様々なSF作品に影響を与えました。

マシンに位置移動能力がないのは『ターミネーター』やら『シュタインズ・ゲート』初期の『ドラえもん』などと同じでしょうね。

位置移動と時間移動の両方を兼ねられるのは『ドラえもん』や『ドラゴンボール』や『バック・トゥ・ザ・フューチャー』などに出てくるタイムマシンです。

資本主義批判についてはこの小説以外も当時の小説が色々発表していたと思います。この辺は『映像の世紀』の20世紀初頭の時代パートを見てもらえればよく分かるんじゃないか、と思いますね。

 

 

>この小説は何が凄いのか?

単に時間移動するだけの機械を出しただけじゃなくて、社会風刺と人類の分岐進化の可能性を同時に提示した事じゃないでしょうかね?

2002年の映画は商業的に失敗していましたが、現代はウェルズが生きていた時代と同じように資本主義が膨張して暴走したディストピア的な世界なので、再度この小説を映画化したら、ヒットしそうな気もしますけどね。

あらすじを書いていると、イーロイ人が悪者っぽく見えますが、主要人物にイーロイ人の娘が出てくるし、科学者自身は貴族や大学教授の身分だったので、イーロイ人の味方でした。

ただ、ウェルズ的には資本家や支配階級の方が嫌いだったようですが、作中ではイーロイ人もモーロック人もどちらも単なる食物連鎖システムの鎖で繋がれた動物って感じでしたけどね。

2002年の映画で主人公が消滅しなかった理由としては、イーロイ人の娘と知り合う前に恋人が居て、その人の運命を何度も変えようとした教訓があったからでしょうね。

「運命を変える事が出来ない」タイムトラベルとしては、『シュタインズ・ゲート』だとか『ドラゴンボール』がありますが、『ドラゴンボール』の場合は自由に世界線の移動が出来るだけマシでしょうね。

ウェルズの『タイムマシン』が現代の時空小説物に近い作品としては『シュタインズ・ゲート』でしょうかね・・・・・。

私は古典の文学作品やアニメ・漫画・ラノベ・映画・ドラマぐらいしか見ないので、最近の文学作品で『タイムマシン』と似たような法則を持っている小説はよく分からないです。

私が古典の文学作品しか読まない理由は「青空文庫」で無料なのが大きいのと、図書館で無料で借りれるのと、文庫本が多いので、価格が最近の小説よりも遥かに安いからです。

新しい小説が古い小説を上回るパターンは正直あんまり無い気がします。

新しい小説が試みようとする手法は大抵は古い小説に使われているパターンが多いです。

まぁ、漫画やアニメやラノベやゲームとかにも共通して言える事ですけどね。

むしろ画期的な事をやろうとしているのは純文学作品というよりはラノベって感じがしますけどね。

純文学はそれこそ支配階級者が決めた古いしきたりだとか偉そうなルールとかが設定されていて、その選考委員会が決めた難しそうな小説がなんたら賞とかを受賞する訳なので、中身の面白さ的に興味が持てないのはそこかもしれません。

受賞を目指す作家は大抵、そのなんたら賞に収まる為のルールだとか活字手法を使う訳で、中身(ストーリー)の面白さにはあまり拘っていない。

文学よりも中身(ストーリーやキャラクター)に拘り始めたのは、むしろ映画やアニメや漫画やゲームの役割に切り替わり始めている。

SF小説にもなんたら賞とか立派な賞が付いていたりしますが、最近の小説はあんまり読む気がしないですね。

2~30年ほど経ち始めると、ようやく読み始めたりもしますが、私がケチで貧乏性なのが大きいだけかもしれません。

 

ウェルズの小説が面白い理由はウェルズが生きていた当時には漫画やアニメやゲームが無かったっていうのも大きいかもしれません。

まぁ、あとは現代ほどアイディアが枯渇してなくて、SF小説も現実との整合性を気にする必要がなかったからでしょうね。

現代のSF小説はインターネット技術が発達し始めてからは作家は色々と作品を作るのに試行錯誤しますからね。

だから、2000年代以降はSFよりもファンタジーだとかそういうジャンルの小説とかの方がウケが良いのかもしれません。

あと、90年代ぐらいまでの頃は労働者階級が支配者階級に繰り上がるパターンがあって、科学技術も伸びしろだったので、SF小説を元にした映画もハリウッドとかで盛んに作られていましたが、2000年代以降は一部の支配者階級以外は格差社会を体験するのが普通になってきたので、ユートピア的な価値のあるSF小説が流行らなくなった気もします。

まぁ、原作の蓋を開けてみれば、ウェルズもアシモフもディックもディストピア的な未来の予想だった訳ですけどね。

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