???「昭和時代にサラリーマンをやりたかった。令和や平成よりマシに決まってる」

ttps://news.careerconnection.jp/?p=96951

>サラリーマン

底辺職とかスーツ以外の職業(ブルーカラー)はどう考えても昭和の方がマシそうな気がするんですけどね・・・・・・。

ブルーカラーは肉体労働で、残業時間120hオーバーで、3交代+夜勤+土日出勤もザラですからね。

まぁ、そうなったすべての原因は竹中平蔵と小泉純一郎、橋本龍太郎、転職エージェントとリクルートと派遣企業などの社会のゴミクズ共がなんですけどね。

工場とか建設現場は今の時代よりも労災だとか3Kだとか人権が守られていないし、壁や建設資材には有害なアスベストが含まれていただろうし、水道の蛇口などには亜鉛だとか水銀とか含まれていただろうから、昭和の方が健康問題は大変そうですけどね。

ただ、工場とか建設とかは昔の方が仕事内容は簡単だったろうし、機械の作業回転率もそれほど高くなかった訳だし、不良品が発生しても現代ほどクレームは少なかっただろうから、昔の方が非スーツ職(ブルーカラー)は楽だったでしょうね。

24時間営業や100円雑貨などもなかったので、3交代や夜勤の仕事が現代より少なかった可能性はあるでしょうし。

あと、ほぼ全ての職業が正規雇用だった訳だから、投稿者が学生か非正規労働者の可能性が高いんじゃないか、とは思います。

今の時代の非正規社員って、昔の正社員と似たような仕事量と仕事内容をやらされている割にはガソリン代やボーナス、退職金などがありませんからね。

かと言って、正社員雇用に簡単に応募できるのか? と言うと、新卒と理数系以外はほぼムリゲーな訳で、中小企業や零細企業のようなしょぼいところでさえも面接と書類選考が2~3回ある訳です。

昭和の就職活動や転職活動がどういう状況かは知りませんが、面接が1回とかで終わるところが大半で、電話帳だとか本とかで応募する訳だから、人気企業や大手企業に一斉に全員が応募する訳じゃないから、企業への就職は上手いことに分散してたんじゃないかな? とは思います。

最近はアルバイトや非正規労働なんかでさえも派遣企業が絡んでいたりして、面接が複数回あったりするし、入社したところで正社員と同レベルの仕事かそれ以上の仕事をやらされる訳で、正社員も正社員で、他の課や他の部署がやるような仕事をマルチタスクで行ったりしているから、労働に関しては「昔の方が良かった」なんて言う人も出てくるんでしょうね。

あと、昔のNHKの映像にさえも勤務中に屋内で煙草を吸ったり、談笑したり、パワハラやセクハラしている映像なんかがあったりするから、それの影響もあって、昭和の労働の方がマシに見えるんだろうなぁ、と思います。

NHKスペシャルの『人体』でバブル期の東京の映像が流れましたが、駅の構内でグロッキー状態になったり、泥酔しているサラリーマンなんかが居て、街並みや駅内なんかにはゴミが落ちてたりして、結構汚かった記憶があります。

人によっては、それを自由で大らかな時代と捉えるか、下品で秩序のない時代と捉えるか、に分かれるでしょうね。

 

>「現代」は本当に良い時代なのか?

平成や令和が良い時代と思うかどうかは本人次第かと思いますが、無知な人間や無能な男性にとっては「昭和」の方が心地良い時代には思うでしょうね。

昭和の頃はほぼ全ての国民が正規雇用の訳で、底辺職・・・・すなわち、工場や建設や介護、運送、警備、小売などの業種や業界には派遣企業や転職エージェント、リクルートなどの社会のゴミが絡む事はなく、仕事内容や作業量なんかは現代に比べて、遥かに楽だったし、クレームや不良品についても現代ほど煩くなかった。

不細工な女性と結婚する確率は高いですが、女性とも結婚し易かった訳で、子供も必ず作れた訳です。

アスペルガー症候群やパニック障害、ADHD持ちの無能な人間がニートや無職になる事はなく、どんな底辺職にも正社員として採用された訳で、その仕事内容は延々の単純作業という物も少なくなかった訳です。

女性ならば、そういう障害持ちであったとしても、専業主婦で生きていて、後ろ指を世間から指される事も無かった訳です。

ところが、IT革命などの技術革新や人材派遣サービス、グローバル資本主義(新自由主義)、新興国による経済成長などの現象が日本に影響するようになると、機械やコンピューター、外国人に単純作業や馬鹿や精神疾患持ちでも出来る仕事は全て奪われるようになり、大半の若い人は底辺職の非正規雇用で過ごさざるを得なくなった訳です。

精神疾患者数の公式発表がネットで表れるようになったのは、2000年代からで、その数は1990年代以前よりも数倍に跳ね上がっている訳で、社会不適合者も無理やり正社員以上の仕事を行う事を企業と政府から要求されての、結果だと思う訳です。

有能な人間や技術力のある人物に言わせれば、「機械や外国人程度に仕事を奪われるお前が悪い」の一言で済むのかもしれませんが、このままグローバル資本主義と技術力の向上が図られていけば、まともな仕事の数は激減する事になり、一人当たりの労働単価はより引き下げられ、格差は巨大化し、社会にとっての「まともな労働者」の定義が曖昧になる訳です。

要するに、今の時点で定職を持てている人間も将来の技術向上とグローバル資本主義の拡大によっては、貧困と底辺に落ちぶれる状況はすぐに訪れるかもしれない、という事です。

もっとも、社会がそういう状況になれば、戦争や革命や資本主義の破壊などが民衆の間で起こる事になるのかもしれませんが、共産主義の結末を振り返ると、ロクな事はない訳なので、それが共産主義の再来になったとしても、世界が平和で平等で、幸せになれる事はないでしょう。

 

 

ネットで主張する人があまり居ませんが、日本は人材派遣企業や転職エージェント数が世界一で、アメリカが人材派遣サービスの発端なのに、アメリカの数倍以上の規模を持つらしいです。

そりゃあ、国民幸福度が世界48位なのは当たり前でしょうし、少子化になるのも当たり前でしょうね。

子供食堂やシングルマザーなどの社会問題の話を聞いていれば、誰だって、子供なんか産みたくないし作ろうとも思わないでしょう。

非正規雇用と派遣企業の数は膨れ上がる一方で、正規雇用と終身雇用は削られる一方なんですから。

 

昭和は終身雇用と年功序列があり、どんな不細工な男もお見合い結婚などで必ず結婚出来た訳で、女は正規雇用自体があまり無かったから、女は結婚する以外の選択肢がなかった。

だから、昭和時代は女性にとってはあんまり良い時代ではなかったでしょうね。

昭和は田舎の町にさえもエロ本やエッチな玩具の自販機が当たり前のように設置されていて、煙草のポイ捨てなんかも当たり前で、土曜の朝方には呑み潰れたサラリーマンなんかも数多く居た訳で、町の景観は最悪だったろうな、とは思います。

痴漢やパワハラ、セクハラなんかも当たり前で、TVの映像には女性の裸体を日曜の昼間から流すような番組があったりした訳で、CMには幼女のお風呂シーンやパンチラなんかもあった訳ですから。

それを考えると、昭和時代は男性にとっては良い時代なのかもしれませんが、女性にとっては最悪な時代だったろうな、とは思います。

まぁ、現代で正社員雇用で雇用されていて、底辺職や底辺業界と関わりのない有能な男性にとっても、現代の方が昭和時代より好きかもしれません。

無能な男性やコミュ障、ADHDやパニック障害持ちの男性なんかは現代よりも昭和時代に生きていた方が幸せだったかもしれません。

その理由はさっきも話したように、現代日本には無能な男性が就職出来るような場所や職場がなく、あったとしても、底辺職や底辺業界内の非正規社員という生き方しかないからです。

昭和時代にもフリーターやら非正規労働なんかはあったのかもしれませんが、現代よりも物価が安く、現代とほぼ賃金の変わらない昭和時代なら、無能や無職にとっては昭和時代の方が生き易い時代だったでしょうね。

ネットカフェ難民だのの住所不定無職などは昭和の方が少ないイメージもありますし。

現代日本のクソな点を言うと、賃金は昭和時代の頃と大して変わらないのに、物価と税金だけ無駄に上がり続けている事でしょうかね。

まぁ、有害な化学物質や化学製品があまり流通しなくなった事や田舎でも東京や都会と変わらず、買い物や視聴覚コンテンツをIT技術の力で楽しめるようになったのは素晴らしい事でしょうが、金がなければ、昭和時代の生活と大して変わらないでしょうからね。

批判コメントには「週休二日制がない」とかいうコメントがありましたが、現代の運送や小売や工場なんかは未だにシフト制だったり、三交代だったり、夜勤だったり、土日がないのが当たり前だから、底辺職の労働環境は昭和時代と大して変わってないかと思います。

むしろ、昭和時代よりも仕事内容や作業回転率が上がって、仕事で鬱になったり、腰痛になっている人が多いんじゃないか? とは思います。

昭和時代の頃は正月だとかお盆の時期ぐらいは小売や飲食店なんかもお休みの訳で、24時間営業の店なんかは無かった訳ですから。

なんで、小売が24時間営業が当たり前になったのか? と言うと、全てセブンイレブンのせいです。

あのコンビニが24時間営業を始めたのが起源らしいですから。

昭和時代に24時間営業が流行らなかった理由は現代ほど工場やら建設やらIT、運送などの数や業種がそれほど多くなかったし、電気もそれほど普及していなかったからでしょう。

しかし、現代はインターネットと海外渡航の普及なんかで、24時間営業を行わなければ、潰れる会社や業種・業界も増えた訳なので、24時間営業の店や工場の数は昭和時代よりも増えているかと思います。

ネット通販サイト「Amazon」も悪の元凶の一つでしょう。

特にITなんかはインフラ整備だとかインフラネットワーク関係になってくると、24時間常に監視と運営しなければならない訳なので、昼夜逆転の生活をさせられている労働者の数は昭和時代よりも増えているでしょうね。

 

 

>管理人は昭和時代の方が好きだったのか?

お前は昭和時代の方が好きだったのか? と言われると、ソース元で紹介されている記事の投稿者と同じく、昭和時代の日本の方がマシだったろうな、と思います。

さっきも話したと思いますが、底辺職や作業着を着るような職業や産業に関しては、派遣会社や転職エージェントなどの介入で、明らかに一人当たりの労働単価は下げられているし、労働環境は最悪だし、常に人手不足って状況ですね。

そして、増え続けている求人や産業はそういう求人(ブルーカラー)ばかりしかないという状況です。

昭和時代の頃は出版だとか金融、新聞記者だとか、スーツ職や文系大卒なんかが輝ける花形職業なんかも多かったんでしょうが、IT革命や金融ビッグバン、少子化などの影響で、エンタメだとか資産管理を行うような産業や職業の需要は減り続ける一方ですからね。

具体的には、出版・金融・エンタメ・芸術・事務・総務・営業・人事・娯楽・芸能・スポーツ・教育・商社などと言った具合です。

これらの産業は明らかにIT革命と少子化、グローバル資本主義、AI技術の影響で労働と社会からの需要はないです。

逆に現代で無駄に増え続けている労働は肉体労働だとかブルーカラー、作業着を着るような3K労働の非正規や派遣というオチです。

あとは理数系のみを限定とした設計・研究・開発・技術営業・IT関連のエンジニアといった具合です。

理数系を対象にした技術職と言っても、日本では派遣会社が出しゃばっているのが現状で、ITなんてのは、大半がSES(客先常駐派遣システム)という具合なので、理数系や技術職も底辺レベルの大卒や高卒なら派遣会社のゴミクズ共にいいように利用されるのがオチという訳です。

なんで、そういう労働の求人ばかりが増え続けなければならないのか? と言うと、現代の機械やロボット、人工知能などに腕や足が生えている訳じゃないし、屋外作業が出来る訳じゃないし、精密作業以外の力仕事などを行える訳じゃないし、スペースと金も無駄にかかりますからね。

だから、結果的に工場だとか建設現場とかのブルーカラー労働ばかりの求人需要だけが無駄に増え続ける訳です。

グローバル資本主義と人材派遣サービスの影響で、外国人も安く買い叩けるようになった訳だから、労働単価を下げ続ける一方で、機械の作業回転率などを上げ続ける訳だから、底辺職やブルーカラーを中心に国内で人手が集まらないという訳です。

人件費などを削減して浮いた利益などは税金対策などで設備投資や技術投資などで高品質な道具や機械、技術などを買える訳だから、有名なメーカーや大手工場などは工業製品の作業回転率をアップする事が出来る訳ですが、工場などで働く労働者はスピードが上がり続ける機械の回転速度と製品の品質精度チェックの厳しさに体力が追い付かずに次々に退職していくという訳です。

そして、大概の工場で働いている殆どの労働者が派遣業者が派遣している派遣社員や契約社員という訳です。

求職者側や無職側がホワイトカラーに定職を持てているのか? というと、そういう訳でもなく、結局は転職活動や求職活動を行うも求人先がブルーカラーばかりなので、ニートだとか無職だとか日雇いのネットカフェ難民などになってしまうんだろうなぁ、と思います。

実際に工場だとか介護とか建設などで働いた経験はありますが、過去(昭和時代)の方が仕事内容や作業量が楽だったとは感じます。

利益が上がって、得をしているのは経営者やら運営側、派遣企業だけですが、機械の作業回転の速さだとか上がり続ける仕事内容のスピードに身体が着いていかずに腰痛や健康を壊す事もザラになりましたから。

昭和時代は現代ほど電気が常時流通している訳じゃなかったので、夜勤や3交代、土日出勤は現代の方が数多いかと思います。

サービス業や工場などは特に人間(労働者)の生活なんて考えてもないかと思います。

シフト制なんてクソなシステムのせいで、決まった時間に寝れる訳でもなければ、決まった日に休める訳じゃないんですからね!

グローバル流通網とデフレによる大量生産、IT技術によるネット通販などで現代は労働や職業においても昼夜は関係なくなりました。

それで、嫌になって、転職活動をしようと思っても、大半のホワイトカラーは実務経験者か理数系の人間か一芸(芸術)を極めた人間しか求めていない訳なので、今の日本に嫌気が差す訳だし、今の日本や資本主義に潰れて欲しいとも願う訳です。

 

働いていて思う事は、子供が万が一、生まれたとしても、理数系の人間しか得をしないだろうなぁ、なんて思うんですよね。

まぁ、理数系と言っても、これからの世界はハードウェアとソフトウェアの技術の両方に精通している人間しか定職に着いていけない社会になると思うんですよね。

しかし、皮肉ですよね。

人間の生活をより良く便利にしようと考えて、工場やら機械やらコンピューター、インターネットが生まれたものの、実際には人間の尊厳やら個性というものが無いものにされた上で、知的労働職やエンタメ作業は削減される一方で、肉体労働やブルーカラーは増え続ける一方なんですから。

グローバル化の影響で、先進国内の若者の労働単価は過去よりも低く設定されるようになった訳だから、脱グローバル主義を唱える若者が増えたり、資本主義に嫌気が差す人が増えるのも当たり前でしょうし、先進国を中心に少子化になるのも当たり前なんだと思うんですよね。

これからの世の中がどうなるのかは分かりませんが、不特定多数の人間が幸せになるには、第三次世界大戦や世界戦争で強制的に社会システムと経済をリセット&破壊させて、アメリカが世界の中心である構造が潰れて資本主義も破壊されなければ、無能な人間とかは幸せになれないとは思うんですよね。

第一次世界大戦や第二次世界大戦で人類が幸せになった事例はありませんが、世界の社会システムや常識をひっくり返す方法は世界戦争や大規模な戦争しかないと思いますし、世界の中心国を転落させるには世界戦争しかないと思うんですよね

アメリカが嫌いな訳じゃないんですが、アメリカの代名詞は資本主義みたいなものなので、アメリカが黒人差別騒動の一件で国家分裂か世界戦争で敗北しない事には資本主義も潰れないだろうなぁ、とは思う訳です。

アメリカが潰れた後の後継者は中国やインドになるだろうから、それもそれで嫌ですけどね。

 

 

>現代はどういう人物が得をしているのか?

日本国内だけで言うと、上級国民や経営者、政治家、一部の女性、一部の理数系の人間という具合でしょうか?

まぁ、狭く良識のない見解だと我ながら思いますが、理数系の人間はとりあえず定職を持てるし、その気になれば、日本から脱出する事も出来る訳だから、進学や就職の選択肢は理数系一択しかないでしょうね。

昭和時代の頃から文系とか文学系の知識は人生の負け組みたいなものだったのかもしれませんが、現代は昭和の頃よりも文系の肩身は狭くなっている訳なので、子供が生まれたとしても、理数系大学へ進学させるのが安全牌なんだろうなぁ、とは思います。

まぁ、大学を就職訓練学校だとか社会人養成カリキュラムのように考えている日本の企業や日本の政府に日本の未来や国家像を守り切れる事はないとは思いますけどね。

理数系大学は大学教授とか教員自体が民間企業のOBの人とかだったりする訳だから、高校教師だとか文系大学の教授とかに教えてもらうよりはマシだとは思うんですよね。

実社会のリーマンを体験していない人に教えてもらうのとそうじゃないのとではだいぶ違うし、理数系大学には推薦状というものがあって、それを教授が企業に書いてくれる訳だから、理数系の就職活動は文系よりもマシという訳です。

ただ、理系大学は文系大学よりも学費が50~100万以上高い上に、卒業は難しく、卒論や卒研がかなり厳しいという点があるので、卒業自体がハードモードだとは思います。

理数系の重要性が昭和時代よりも高くなった理由は、やはりITやAI技術の影響が大きいとは思います。

NHKスペシャルの『電子立国』では、1990年代のアメリカや日本のプログラマやコンピューター技術はギークやオタクの遊び道具やら犯罪紛いのものという雰囲気や番組内容の物が多かったです。

当時はそれが職業として活かされていたのは、ゲームクリエイターや映画産業、パチンコ台の開発者といった娯楽や遊戯関係の会社や人物に限られていたようですが、2000年代以降には金融や会計システム、法務アーカイブファイル、人事の評価プログラムなどのシステムを構築する為に必要なSEやNEが企業で必要とされるようになり、それが世間で広まって、プログラミング技術がギークの遊び道具ではなくなっていった訳です。

 

すなわち、現代では、ITやらAIの技術はSFやフィクションの世界ではなくなり、労働や社会の中心に置き換わり、プログラミング技術は簿記だとかTOEICと同じ資格や就職、面接でのアピールポイントにもなった訳です。

1990年代に至るまでは労働や就職や社会において、プログラミングやコンピューター知識が現代ほど注目されていた訳ではなく、世間やメディアにとっては蔑視の存在や嫌悪の対象だった訳です。

しかし、現代では、ITやAI技術が百科事典やショッピング、エンタメ、趣味、創作活動の役割や管理作業や事務作業の運営・労働補助を行うようにもなり、社会で無視出来る存在ではなくなった訳です。

だから、現代ではIT企業を中心に世界の経済を牛耳っている事になっているんでしょうし、IT企業が転職や就職市場で幅を利かせている情勢にもなっているんでしょう。

先進国で少子化になっている背景としては、10代~40代を中心に生涯賃金が昭和時代の頃よりも下がっている事もあるんでしょうが、教育費のインフレもあると思うんですよね。

昭和時代の頃はFランの文系大卒なんかでもそこそこの企業や公務員に就職する事は簡単だった訳ですが、現代で定職を持つには理数系大学か中堅以上の文系大卒、高専レベルの人間ぐらいしか定職を持てなくなった訳です。

それ以外の人間でも定職や正社員就職は可能でしょうが、一生その企業に身を置く事はないでしょうね。

その理由はさっきも言ったように、底辺職や肉体労働は健康や身体をいつか壊すからです。

ここで言う定職というのは、デスクワークだとかホワイトカラー、知的労働職や技術職の訳ですが、転職し難い環境や企業というのは、そういうクラスタの企業などであって、それ以外の企業は絶対に転職か退職する事にはなると思う訳です。

子供に出来るだけ転職を繰り返させない状況を生み出すには、高度かつ範囲の狭められた理系コースに乗せるしかない訳ですが、さっきも話したように、理系大学は文系大学よりも100万以上学費がかかる上に、最終学歴が院卒が当たり前になり出している状況でもあるので、教育費は相当インフレするでしょうね。

あと、理数系の場合は大概は予備校や進学校が当たり前になってくる訳なので、相当に金がかかってくる訳です。

これが医学部とかになってくると、大学卒業までに6年の月日がかかる上に私立は1000万以上の学費がかかりますからね。

そら、金持ち以外は子供を作らない訳だし、金持ちの子供はほぼほぼ必然的に高学歴にはなっていくでしょうね。

貧困層やら無職、非正規労働者が子供を作ったところで、貧困と不幸の連鎖しか繋がらない上に、持っているDNA自体が無能のDNAの割合の方が大きい訳だから、遺伝子の時点で優秀かつ有能な子供は生まれない訳です。

だから、貧困層や無能は子供を産まない方が良いという結論になるから、先進国では少子化が流行る訳です。

仮に大卒の若者が工場や介護の非正規社員で働いていたとしたら、尚更異性との出会いに積極的にならないし、子供を作るのも諦めるとは思います。

そういう人が子供を作ったところで、子供も底辺職の奴隷を演じるしかない確率の方が高い訳で、不幸や貧困が連鎖する事しかないからです。

あと、今までの資本主義の歴史を振り返ると、持てる富は富裕層や有能な人物に一極集中していく傾向にありますからね。

初期の資本主義は比較的平等に万民に資産と富が分散されていたように見えますが、グローバル資本主義とIT革命以後の世界を見ていると、特定の人物や特定の企業にのみ世界の富と権力が集中していき、雇用や労働は機械によって自動化が進んでいる訳だから、人間に残されている雇用は未来になればなるほど減少傾向にあるようには思えるんです。

雇用数自体は昭和時代よりも現代の方が多いでしょうが、内訳は非知的労働職のブルーカラーや肉体労働が大半の訳で、非正規雇用や派遣社員というオチの物ばかりしかない訳です。

一人当たりの労働単価や労働権利みたいな物は昭和時代の頃よりも細分化されており、仕事内容と作業量自体は昭和時代よりもハードモードになっている訳だから、人並みの雇用という物自体は減っていると思うんですよね。

増えている雇用は奴隷(非正規)の為の生産雇用みたいなもんだと思います。

まぁ、昭和時代の労働者と現代の非正規労働者や派遣社員はどちらがマシなのかは分かりませんが、私は昭和時代の労働者の方がマシだと思うんですよね。

工場で働くとしても、正社員と非正規社員であれば、前者の方が圧倒的にマシでしょうしね。

労働に関しては派遣企業だとか転職エージェントのクズ共がのさばっていない昭和時代の方がマシには思うんですよね。

肉体労働や単純作業なんかもおそらくは昭和の方がマシでしょう。

現代ほど機械化や自動化が進んでいない訳だから、2倍・3倍のスピードで仕事をやる必要がなかった訳です。

営業マンや営業職なんかにしても、昭和時代の頃は携帯電話やGPSなどが無かった訳だから、休日に仕事の電話や急な出勤命令に巻き込まれる事はなかっただろうし、喫茶店でサボっても怒られる事などはなかったでしょうね。

経理や事務職なんかにしても、昭和時代の頃はExcelやプログラミングが普及していなかった訳だから、計算ミスなんかが起こったとしても、それほど重要な問題じゃなかったでしょうね。

しかし、現代で計算ミスを行ったら、1からそれを書き換えるか検証していかないといけない訳で、手書きの方が良かったなんて人も居るかもしれません。

いや・・・・・・・経理だとかシステム担当者なんかは昔よりも現代の方が仕事が楽に感じるのかもしれません。

経理や会計システム担当者は昔の方が楽に感じるのかどうかは分かりませんが、昭和時代の頃はそろばんや電卓、紙とボールペンで計算処理していた時代があって、それも一人の経理担当者以外に20~30人ほどの経理担当者の正社員が居たらしいので、昔の方が凡人の人は働きたかったでしょうね。

 

工場だとか営業とかも昭和時代の方がおそらくは楽だったでしょうね。

作家だとか芸術職とかそういう関係の人は機械やコンピューターの流行や普及でだいぶ助かっているでしょうし、コンピューターやIT技術の普及でアマチュアからプロになった人は多いとは思います。

昭和時代の頃は原稿用紙に手書きで小説などを書かないといけない訳ですが、その頃は一度ミスると、原稿用紙に1から文字を書き起こさないといけない訳なので、作家や漫画家などは現代の方が過ごしやすいでしょうね。

現代はデジタルで仕事を行える環境の訳だから、一文字ミスったり、絵を間違えたりしても、ひとつ前の文字をデリートしたり、ひとつ前のレイヤーを消せば、それでも済む訳ですから。

あと、昭和時代の頃のようにテレビやラジオやレコードを聴きながら、作業をするような環境ではなくなり、様々なデバイスや音響環境で仕事を行えるようになった訳だから、創作関係の作業効率は昭和時代よりも高くなっているでしょうね。

おそらく、手塚治虫や藤子・F・不二雄なんかの漫画家は現代で創作活動出来る方が幸せだったろうな、とは思います。

しかし、肉体労働だとか営業みたいな、誰でも応募出来る仕事などは昭和時代の方が楽だったでしょうね。

まぁ、コンピューターやIT機器と関わりのない産業や業種・職業は昭和時代の方が仕事が楽だったろうな、とは思います。

飲食や小売なんかも昭和時代の頃は個人経営が機能していて、定価で物を販売したとしても、地域や田舎の人間はそれを買わざるを得なかった訳だから、接客対応がクソな店員や店長が居たとしても、それだけで経営が成り立っていた訳です。

しかし、インターネットショッピングや全国チェーン形式のショッピングモールやフードチェーン、100円ショップなどの雑貨屋などが1990年代末に流行り始めると、個人経営の店や店主が大きな顔で経営する事も不可能になりました。

同時に飲食や小売などの産業がブラック企業化あるいは休みなしの状況になったのもこの頃ですね。

正月休みや盆休みなどが小売や飲食などで無くなった理由はコンビニやショッピングモール、スーパーなどの全国普及が一番の要因かとは思います。

あとはネットショッピングの流通で運送や工場なんかも24時間365日運営が当たり前になった訳です。

こうした産業や労働がブラック労働化した理由がIT革命とグローバル化だと思うんですよね。

まぁ、結論を言えば、技術的な知識だとか分野に長けた人間と芸術家やエンタメに携わる職業人は現代の方が過ごしやすいし、幸せだろうけど、肉体労働者や営業マンなどは現代の方が絶対に幸せじゃないという事です。

おそらく、ITの下流や末端の現場で働いているエンジニアや労働者なんかも現代の労働環境はかなり不幸だろうな、と思います。

そもそも昭和時代の頃はリクルートや転職エージェントや派遣企業などの社会のクズ共がのさばっていなかった訳だから、それだけで労働は平和だったと思いますし、当時は公務員が労働における最底辺カーストの扱いだった訳だから、無能や特技のない人間は昭和時代に働いていた方が遥かに幸せだったとは思います。

現代で幸せなのは一部の理数系の人間と芸術や文芸などに秀でた人間、女性、高齢者ぐらいかと思います。

 

 

>IT革命やらグローバル化、人材派遣サービスは無かった方が幸せだったのか?

ここまで書いていると、現代日本がクソになった理由が「IT革命」「グローバル化」「人材派遣サービス」と言っている訳ですが、これらがなくなったら、上級国民や上流階級、消費者、高齢者側に徹する人間は普段の生活が不便に感じるでしょうね。

冒頭でも説明しましたが、昭和時代の頃はアスベスト建材が使用されたり、亜鉛や水銀などの化学物質を使用した工業製品だとか有害な物質を多量に含んだ生活用品なんかもあって、健康問題に関しては、昭和時代の方が問題が多かった訳です。

バリアフリーや高齢者を介護する為の建設様式や道具、サービスなども昭和時代の方が不便だったでしょうね。

昭和時代は四大公害だとかヘドロやスモッグなどの環境問題も創作物などで大きなテーマとして扱われていました。

ただ、昭和時代は富や資産の分散は比較的平等に行われていたし、物価だとか生活費、税金などは現代に比べて遥かに安かった訳だし、高齢者の母数が少なく、若者の母数が多かった訳なので、昭和時代の方が若者や子供にとっては過ごしやすかった時代の訳です。

創作物やエンタメの世界も同じでしょうね。目新しい技術や創作物が多かったので、とりあえず、どんな創作物もどんなクソゲーも販売や出版していれば、売れた時代だった訳です。

ネットの評価や評判みたいな物が当時はなかったし、中古市場も現代ほど発展してませんでしたから、創作関係の産業や業種もおそらくは昭和時代の方が儲かったでしょう。

今の時代はネットの評判で名作と駄作の境界線がはっきりと分かれるようになり、評価というものが昭和時代の頃よりも曖昧ではなくなりました。

それは労働者とか求職者に対する評価とかも同じでしょうね。

昔(昭和時代)はエントリーシートだとか履歴書の添削みたいな物がなかった訳で、社交辞令を専門に行うマナー講師だとかそういう企業の存在がなかった訳で、求職者や学生の個性というものは面接とかである程度評価されていた訳です。

ところが、現代には個性だとか独自性を評価するというものはなく、とりあえずテンプレで決まった内容だとか学歴だとか経歴とかがあれば、それが基準として評価される世の中になった訳です。

人によっては、それが実につまらない物だと感じる訳です。

まぁ、面接だとか企業選考とかそういう物と無縁なのは一部の理数系の訳だから、理数系コースとか数学を極めた方が良いとか言った訳です。

文系やら高卒は大体三次面接とか四次面接とかくだらない面接回数を繰り返される上に交通費も無駄に支払わなければならない訳ですから。

昭和時代でもバブル以外の時期は求職者の自己負担で交通費を支払っていたんでしょうが、現代ほど交通費が高い訳でもないですからね。

消費税が8%になる前はたとえば、JRの電車賃が200円だったりした訳です。

しかし、消費税が8%になると、それが210円になり、10%の頃には220円に便乗値上げされている訳です。

そんな状況だから、企業は一人暮らしを行えない学生を採用しなくなった訳だし、非正規雇用も推奨するんだろうな、と思います。

世界は賃上げや平均賃金が上がり続けているらしいですが、日本だけは消費税や税金の影響もあって、物価が上がり続けるだけで、平均賃金は昭和時代の頃と変わらない訳です。

それも非正規労働者や中小企業労働者などからすれば、賃金は過去よりも下がっている訳だから、そういう立場に置かれている人ほど昭和時代を懐かしく思うんだと思います。

批判コメント欄に「エアコンが使えない」というコメントもあったらしいですが、昭和の日本は現代ほど平均気温が高い訳じゃないし、そもそも貧乏な家庭や人はエアコンそのものを使えないのが普通だから、昭和時代の頃と大差ない気もするんですよね。

貧乏な人やお金のない人が昭和時代に比べてマシに感じるところは自炊しなくても安い飯や安いサービスが受けられる事でしょうが、そのサービス提供をする企業の労働者などは底辺家庭や貧困世帯に当たる訳なので、消費者側も労働者側も幸せじゃないでしょうね。

昭和時代より現代の方がマシな点はモラルだとか景観だとか健康問題とか、その程度だと思います。

ただ、男性は下品な風潮だとか汚い街並みなんかの生活にタイムスリップしてもそれほど不都合には感じないでしょうね。

むしろ、一部の男性にとっては、昭和の方が過ごしやすいと思うかもしれません。

酒にしろ、ギャンブルにしろ、煙草にしろ、水商売にしろ、昭和時代の方が安く手に入れる事が出来た訳だから、そういうのが趣味な男性にとっては昭和の方が居心地は良いでしょう。

まぁ、大半の女性は現代の方が過ごしやすいでしょうね。

昭和時代は女性の人権だとか労働だとか政治的発言だとか、そういうものが尊重されている訳じゃないし、現代ほど終身雇用や年功序列が保証されている訳じゃないですから。

ただ、大半の男性は昭和時代の日本の方が良かったとは思うかもしれません。

特に労働問題に関しては昭和の方がメリットのあった産業や業種や業界が数多く、特にそういう業界は現代では底辺職だのブラック産業だのと言われている業界の訳ですからね。

現代に不満を持っていない人物は正社員のホワイトカラー勤務の人間ぐらいで、それ以外はそうじゃない、と思います。

多分、そうじゃない人達は昭和時代どころか、江戸時代や原始時代や幕末、戦国時代、奈良時代、太平洋戦争の頃の方が良かったと思う人も居るのかもしれません。

 時代の適性があっているのかどうかはその人の感性次第かと思いますが、現代で満足かつ幸せに暮らせている人は子供か正社員のホワイトカラー勤務の人間だけでしょう。

それ以外の人間は令和時代や平成時代をクソくらえ! と思っているのかもしれません。

まぁ、平成時代は「失われた30年」という経済不況の時代でしたが、エンタメや娯楽、芸術に関しては最高潮の時代だった訳で、日本の創作物が世界に影響を与えた事例は数多いので、平成時代は令和時代に比べれば、クソじゃないのかもしれません。

平成時代は日本の創作物やら娯楽は最高レベルの作品が多かったから、この時代に子供だった人は幸せだったんじゃないか、とは思います。

 

 

>これからの日本はどうなっていくのか?

作家の村上龍が平成を「失われた30年」と呼びましたが、多くの日本人がそれに共感した時点で、平成時代は昭和時代よりも劣悪な時代だったんじゃないかな? と思います。

まぁ、昭和時代を一くくりにしてしまうと、「第二次世界大戦」やら「世界恐慌」「バブル崩壊」「石油危機」などの問題も含まれてくる訳ですが、昭和後期は貧困層や無職や無能なんかもなんとか過ごせた時代だったし、自殺が社会現象や社会問題になる事もなかったから、平成よりもマシだったんじゃないか、と思うところはあります。

まぁ、テレビや本、ゲームとかは平成や令和よりも昭和の方が面白く、記憶に残る物が多いのですが、昭和時代は規制が少なく、著作権も煩くなかったってのが背景にあるんだろうな、とは思います。

じゃあ、平成はクソだったのか? と言うと、平成はエンタメだとかアニメ、ゲーム、ドラマなんかは黄金期だった時代なんじゃないかな? と思います。

当時は目新しい技術が多く、それを活かした最先端な作品やら凝った作りの内容の物も多かったですからね。

日本は平成初期の時点で不況だった訳ですが、バブルの遺産が残っていた事とゲームや映像に関しては最先端の技術が絡んでいた事もあって、それが売れた事で超大作や話題作などが次々に量産されたイメージはあります。

ベビーブームも平成初期が最期の花火って感じで、活気がありましたからね。

ベビーブームが収束して、自殺とか新興宗教とかが色々語られ始めたのが1995年の頃からで、生活保護と精神疾患の数が増え始めたのも大体この頃からになります。

多分、平成と昭和の文化的かつ生活的境界線を決めるとすれば、1995年辺りかと思います。

1995年ぐらいから国民の精神性だとか生活・文化の在り方とかは大きく変化したようには思います。

令和時代に関しては始まったばかりなので評価し辛いですが、現天皇が還暦を迎えている訳なので、大正時代と同じくそう長く続かない時代だろうな、とは思います。

令和時代は昭和・平成の不況を引き継いでいる上に物価とか税金は底上げされて、国民の大半は高齢者という状況なので、この時代が平成時代よりも良い時代になる事はないでしょう。

日本史においては、異民族の血が混ざりあう事は渡来人の伝来(古墳時代)に次いで、2度目になる時代なんじゃないかな、とは思います。

古墳時代以降も異民族や外国人の血が混ざりあう時はあったんでしょうが、令和時代は今までの日本史に比べて、凄いスピードでハーフの日本人が大量に出て来そうな気がするんですよね。

まぁ、その現象はヨーロッパやアメリカなど他の先進国で既に見られている事ですが、日本でもそれが当たり前になっていきそうな気はするんですよね。

現代は労働者不足という事で外国人の在留資格を緩和したり、外国人の労働招集の条件を緩くしている訳で、若者は子供を産まないという事になっていますが、婚期を逃した日本人の女性なんかはそういう外国人と結婚して、ハーフの子を沢山産みそうな気がするんですよね。

外国から外国人の女性が日本に出稼ぎに来る事もあるんでしょうが、割合としては外国人男性の方が多いでしょうね。

まぁ、これからの日本を予測すると、ハーフの子供は沢山増えそうだな、という気がします。

人種差別をする訳じゃないですが、島国で外国の血が一気に広まると、生活や文化・宗教観なんかもガラリと変わる事になるから、「日本は日本でなくなる」でしょうね。

私の予測ですが、これからの日本は今までの日本の常識やルールみたいな物が通用しなくなり、歴史や文化も今までの日本史から異なっていく事になると思うんですよね。

外国の血が混ざった国って、そういう事になると思うんですよね。

そして、ヨーロッパやアメリカみたいに地域によって、文化や宗教衝突や口喧嘩なども絶えなくなると思うんですよね。

多分、それが日本の令和時代の未来の姿だと思います。

日本のGDPは世界で3位らしいですが、それでも平成の頃は2位だった訳です。

GDPは人口密度の大きい国ほど稼ぐ事が出来るシステムになっているらしいですが、令和時代の中期になると、もっとランキングは下がりそうな気はするんですよね。

今は日本がベトナム人や中国人などを吟味出来る立場ですが、太平洋戦争前後の頃はハワイやブラジルへ出稼ぎや移民を行う日本人も居たぐらいの貧しさだった訳なので、その頃に戻りそうな気もするんですよね。

世界では、日本のIT技術のレベルの低さをIT後退国などと呼ぶ国や人も居るらしいですが、AIやロボット技術の分野でも外国に後れを取るレベルであれば、先進国から後退国に成り下がる事は間違いないでしょうし、中国人やベトナム人に安い賃金で日本人が買い叩かれる可能性も出てくる訳です。

まぁ、少子化が加速する国で科学技術レベルが上がる訳がないし、経済面で挽回するチャンスもないでしょうね。

レイ・カーツワイルだったか、イーロン・マスクだったか忘れましたが、収穫加速の法則なんて物を例に挙げて、科学技術力が指数関数的に上がり続ける事を書籍などで紹介していましたが、人類の科学技術が急速に伸び始めている時期が産業革命期ぐらいの頃と資本主義が世界に普及し始めた20世紀初頭なんですよね。

20世紀初頭に人口爆発が起こったのは、NHKスペシャルの『新・映像の世紀』の解説によれば、ハーバー・ボッシュ法と呼ばれる化学物質を肥料に混ぜて、農作物を数倍以上の収穫量で採れるようになった効果のおかげだとしていましたが、それを生み出した科学者は皮肉にもユダヤ人であり、第一次世界大戦の目玉兵器になった毒ガスの産みの親にもなったと解説していました。

 

そもそも、あの頃の人類は産業革命の影響で人口爆発している訳だから、人口母数が多ければ多いほど、優秀な人材や突然変異的な人類が誕生するのもおかしくないと思うんですよね。

私は人口母数の多さのおかげで科学技術が一気に発展したと思っているから、人口数が減退し続ける国とか社会でイノベーションだとか技術の多様化なんて起こらないとは思うんですよね。

産業革命以降に科学技術が発展した理由は人口爆発と高水準教育が貴族やエリート層以外にも普遍的になった事も挙げられるとは思いますが、まずは人口爆発が重要だとは思っています。

人口が増えない国で、尚且つ教育や労働において伸びしろのあるものを作ったり、育てている訳じゃない国では科学技術の進歩はないだろうな、とは思うんです。

日本の労働力不足をロボットやAIで補おうとする試みも生まれていますが、そもそもそういう技術を開発出来る人材が減る一方だから、自前のロボットやAIで労働力不足を解消するのは不可能だろうな、と思うんです。

あと、ITの時点で産業の進出に乗り遅れた訳だから、AIやロボットの分野においても、日本が1位になれる事はないだろうな、とは思うんですよね。

まぁ、AIやロボットの技術が労働に普及する段階になると、富裕層や貧困層の対立が表面化するだろうから、資本主義を巡る内乱が先進国のあちこちで起こるでしょうね。

既に新型コロナウイルスの影響で、資本主義の存在云々を巡るデモや運動なんかもヨーロッパやアメリカで起こり始めているから、資本主義は今世紀中も残る事はないでしょう。

大体、理数系一辺倒教育だとか能力主義における労働成果なんかは資本主義とか科学技術の進歩の影響で起こっている訳で、これ以上科学技術が労働の自動化を進める状況になれば、世の中や社会で必要あるいは需要のあると判断される人材や労働者はごく少数になる訳なので、間違いなく多数の人間が飯を食えない状況になるでしょうね。

現代は知的労働職やホワイトカラーを中心に機械の自動化とコストカットが進んでいて、仕方がなく能力のない人間がくだらない肉体労働やブルーカラーの非正規労働などを行わざるを得ない環境にある訳ですが、それさえも機械の自動化を社会が許す状況になれば、間違いなく富裕層と貧困層の間で内乱が起こるでしょうね。

あと、資本主義の問題点にはフロンティア(開拓地)となる市場が存在しなくなると、利益の伸びしろを上げられなくなるという問題もある訳です。

今まではヨーロッパ→アメリカ→南アメリカ→アジア→アフリカという具合に世界の各地に資本主義の市場を開拓していく事は出来た訳ですが、暗黒大陸と呼ばれているアフリカ大陸まで先進国水準の経済状況と科学技術をもたらす事に成功出来た場合は開拓地となる市場がなくなる訳です。

そうなると、人材にしろ原料にしろ、土地にしろ、相場の価格というものが自然に先進国と変わらないレベルになってくるから、開拓した国や土地との貿易や交流を行うメリットがなくなる訳です。

それに開拓地において、高水準の教育を現地の人間にもたらすと、今まで不当な条件で利益を上げてきた企業や人間が得をすることが出来る交渉が成立しなくなる訳なので、今まで儲かっていたサイドは簡単には儲かる事が出来なくなる訳です。

つまり、資本主義を無理に存続させていても、金持ちサイドが真っ先に利益を得続ける事が不可能になる訳だから、中世的な封建主義的社会システムに世の中を回帰させた方が金持ちサイドにとっては、得になるという訳です。

多分、資本主義を真っ先に否定し始めるのは貧困層や無教養な人間ではなくて、金持ちや有能な人間の方だとは思います。

あとは、子孫代々に土地と利益を永続的に受給させる社会システムを構築すれば良い話だから、ロボットやAIで労働の自動化が可能になった時には人類選別の話と世界人口削減政策みたいなのが行われるようになるだけだと思うんですよね。

まぁ、そういった話になってくると、おそらくは国家だとか土地だとか国境みたいな物は関係なくなり、世界統一政府みたいな物を作る行動になっていくとは思います。

そこから世界人口削減政策の話と人類選別の話が出てくるんでしょうね。

 

 

>日本は令和時代で幸せな国になれるのか?

多分、世界史がそんな動きになっていくだろうから、日本史においても令和時代は「良い時代」にはならないと思います。

というか、世界全体で純血だとか民族という垣根みたいなのがなくなりつつあるから、日本というか、「国家」とか「民族」という認識が世界全体から消えるようにはなるだろうな、と思います。

少子化問題に関しては、先進国の貧困層や無能な人を社会的かつ企業が支援するしか方法がない訳なんですが、先進国における少子化による労働力不足は機械と外国人で補えばどうにかなるという考え方なので、もはや、少子化は自浄出来ない社会問題になっていると思います。

新型コロナの影響で10代の妊娠は増えたらしいですが、間違いなく、コインロッカーベビーだとかシングルマザーとか子供食堂とか、そういう話になっていくだけで、その子らが無事に成人したところで、肉体労働職や非正規雇用の沼から逃れられない話になっていると思います。

というか、今の時代の赤ちゃんが成人する頃には肉体労働でさえも正規雇用は絶滅していて、楽な仕事とか汗をかかなくて良い仕事、立ち仕事の単純作業は殆どがロボットやAIに奪われている状況になっていそうな気はします。

子供の頃はスーパーのレジ打ちだとか銀行窓口とかエレベーターガール、ガソリンスタンドスタッフ、高速道路料金所の受付係、駅の改札口スタッフ、スーパーのレジ打ち、高層マンションや高層ビルの警備員や受付みたいな職業が無くなるとは思いませんでしたが、今ではそれらの仕事はほぼ全て消滅していますからね。

そういう仕事があったとしても、非正規社員なのが当たり前です。

昭和時代の頃は正社員だった訳です。

この時点で、「無能や凡人は昭和時代の方が良かった」と思う訳です。

たとえ、治安や環境問題、生活サービス、公共サービスなどが昭和時代の方が劣悪だったとしても、です。

それらの仕事が消滅した原因はさっきも説明したプログラミング技術とIT・ソフトウェア関連の技術の訳です。

多分、今の時代の赤ちゃんが成人する頃には技術職と公務員ぐらいしか正規雇用が残っていないと思いますし、非正規雇用に至っては肉体労働でさえも応募するのが難しい状況にはなっていそうな気はします。

未来の雇用や労働が減少する予測があるから、少子化になっているというのもあるんですが、よほどの自信家や理数系の人間、自分のDNAに自信がある人以外はやっぱり、子供を作るべきではないとは思うんですよね。

個人的には、ロボットやAIや機械が働いているのが当たり前の未来になっていそうな気がする訳です。

ロボットやAIで労働を自動化出来れば、人間が労働する必要はなくなりますが、地球にはキャパシティがある訳で、世界人口は増え続けている訳だから、富裕層や権力者達は貧困層や無能や無職などをBI(ベーシックインカム)などで救おうとすることはないと思うんですよね。

世界人口については、ロボットやAIが本格的に労働市場に進出した段階で更に爆発するかと思います。

その爆発の仕方は産業革命とかと同レベルかそれ以上になるんじゃないか、とは思います。

生命史に例えると、カンブリア爆発に相当する現象になる、という予測もあるので、人間から労働という作業は消える事になるのかもしれませんが、人間が生きる意味や目的、存在する理由も同時に消える事になるでしょうし、そもそも底辺の人間は社会によって、生かされる事もなくなるでしょうね。

 

人口が増えすぎると、戦争で人口を削るか、やっぱり、人間が嫌々労働をし続けて社会全体を支えようとするしかなくなる訳なんですが、どっちにしろ、今までの常識や資本主義のルールは通用しない時代にはなっていると思います。

さっきも説明したと思いますが、ロボットやAI技術が世界中で普及した場合と資本主義が全世界に普及した場合は、成熟した資本主義国と資本主義市場に開拓した国との経済的な格差が開かなくなる訳なので、成熟した資本主義国の成功者や富裕層が得をし続ける社会システムじゃなくなると思うんです。

そうなると、彼らは原始的な封建主義的な社会システムの方が理想的だと考えるようになる訳なので、自分等だけ子供を増やす事が出来る権利を作るようになり、それ以外の人類には子供を残す権利は与えずにむしろ、人口数を削る方向で政策を進めるようになると思うんですよね。

多分、それが未来の世界史及び日本史になると思う訳です。

多分、「彼等」というのは、先進国における富裕層とか権力者とかそういうのじゃなくなってくると思います。

世界全体における富裕層や有能な人間、天才、権力者って事になってきて、それから、国家とか人種とかそういう物が関係なくなっていくと思う訳です。

日本に関しては、令和時代で日本史が終わると思う訳です。

さっきも言ったように、これからの世界史はおそらく人種とか国家とか文化とか宗教とかそういう物が関係なくなるとは思う訳です。

 

私の予想では、日本は「国家」としては残るでしょうが、中身や内容物はアメリカやEUと似たような物で、闇鍋のごった煮みたいな中身になっているだろうから、日本史は本質的に令和時代で終わるだろうな、と思います。

闇鍋のごった煮というか、闇鍋が終わった後にシメにラーメンとか生卵とか残った白飯をごちゃ混ぜにぶち込むような物というか・・・・・・・・・ですね。

多分、日本人の名前なんかも創作物によくある漢字とカタカナがごちゃ混ぜになった、よく分からない名前の人が普通の日本人になってくるとは思います。

別に外国人を差別したり、純血の民族を崇拝している訳じゃないですが、文化とか宗教観とか思想・道徳・哲学なんかの考え方が今までの日本人とガラリと変わるのは、ある種のホラーにも感じる訳です。

しかし、そうしない事には日本は少子化で滅ぶ国になるから、いずれはそうなるんだろう、とは思う訳です。

 

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